HELLSING episode 5
01 ナレーション 深夜 大西洋上で演習中であった大英帝国海軍インヴィンシブル改級VSTOL空母 一番艦「イーグル」に近づく一機の輸送用ヘリがあった。
機内には一人、ブ厚い眼鏡と癖のある長髪、そしてソバカスが印象的な女性が長身のマスケット銃を携えながら搭乗していた。
彼女の名はリップヴァーン・ウィンクル。ミレニアムの幹部、いわゆるヴェアヴォルフである。ヘリには、棺桶が満載されていた。
「イーグル」の管制室がヘリの対処に追われている最中、悲鳴が上がった。副艦長と他数名が突然周囲の者たちの喉笛に己が牙を突き立てたのだ。
リップヴァーン 我々は進撃する、イギリスへ!イギリスへ向かって。僕らは苦しみなどなしに、英国人どもを笑いながら乗り越えて征く。我々は進撃する、我々は進撃する。イギリスへ!イギリスへ向かって。
ナレーション 牙の粛清を受けた者たちは、グールとなりて人間たちを淘汰していく。
程なくして「イーグル」は数名の吸血鬼とグールたちの世界となった。
リップヴァーン あなたの手に与えよう、あなたの白い手に。さようなら、私の恋人よ、さようなら。戦の中に敗れ去り、私が潮の中に眠ったと知らせを聞いても、恋人よ どうか 泣かないで。我らは進撃する、我らは進撃する。イギリスへ!イギリスへ向かって。我々は進撃する。
ナレーション ヘリが「イーグル」に着陸する。リップヴァーンはマスケット銃を肩に乗せ甲板に降り立った。
リップヴァーン かくして猟場(ここ)は猟師(あたし)の手の中に、有象無象の区別無く、私の弾頭は許しはしないわ。
副艦長 ようこそ!ようこそ我が艦へ!お望み通り我らと我が艦は、「ミレニアム」に参加します!
ナレーション リップヴァーンは声掛けに背中越しに答えた。
リップヴァーン 吸血鬼の御感想はいかがかしら、「副長」?
10 副艦長 素晴らしい、素晴らしい!素晴らしい!これが、これが吸血鬼というのものか!
リップヴァーン そう、それは良かったわね。祖国を裏切ってまで手に入れたかったその体。仲間を皆殺しにしてまで手に入れたその体の具合はどうよ、新艦長?
副艦長 え・・・!?
リップヴァーン あッ、そう。不死身の吸血鬼の力を存分にふるって、上官や部下を喰らう食屍鬼(グール)へと変えた具合は?新艦長。
副艦長 ・・・な・・・ッ!?
リップヴァーン あッ、そう。
ナレーション リップヴァーンは振り向くと同時に笑顔で答えた。
リップヴァーン よくやりました!素晴らしいわ!なんて素敵なんでしょう。私たちミレニアムは貴方達を温っかく大歓迎しますよ!いやあん、本当に大手柄ですわ、あなた方がいなきゃ、成功しませんでした。我らの指揮者代行殿も、とってもとっても お喜びになりますよ!
つきましては、とっても素敵な ご褒美と、新しい御命令を仰せ付かってますわ。ええと・・・たしか・・・えー、当海域における2m四方立方体分の海中面積を、恒久的に あなた方に領土として与えるとの事です!
副艦長 は・・・?
リップヴァーン 新たな命令についてですが、当海域付近の漁礁における魚類への滋養分の散布行動との事ですよ!
20 副艦長 そっ、それは、それは一体どういう事だ!
リップヴァーン あら、ちょっとわかりづらかったかしら、お馬鹿な あなた方にも わかりやすく言うわね。
用が済んだら ちゃっちゃと おッ死(ち)ね 英国野郎(ライミー)。
ナレーション リップヴァーンはマスケット銃を肩から下ろし発砲した。吸血鬼は瞬時に艦橋まで飛び上がった。
副艦長 な・・・!はっ、図ったなっ!貴様ぁっ!
ナレーション 共に避けたはずの吸血鬼たちが血飛沫をあげながら甲板上に倒れた。
副艦長 なっ!何だ・・・とぉっ!?銃声は一つだったはずだ!馬鹿な・・・っ!?そんな馬鹿な!
リップヴァーン 私は猟師リップヴァーン・ウィンクル。有象無象の区別無く私の弾頭は許しはしないわ。
副艦長 きっ、貴様ああっ!
リップヴァーン お馬鹿な子。
副艦長 !弾頭が!?ひ・・・おあああっ!
30 ナレーション 先ほどマスケット銃から放たれた弾頭は夜空を弧を描きながら吸血鬼の頭を貫いた。
リップヴァーンはペンキを手に甲板に何かを描きはじめた。
リップヴァーン 北の騎士達は英国の血脈を、波の下を大胆に潜行し封鎖を破り死を持ちこむ。自由な、自由な我らの海で、雷装の連弾と共に・・・。
ナレーション 程なくして、ヘリに満載されていた棺桶の扉が開き、軍服の吸血鬼たちが甲板上に降り立った。
吸血鬼兵士A 中尉。
リップヴァーン あら、お目覚め?途中でペンキが切れかけてしまったのだけれど、なんとかなったわ。やっぱりコレがないと、我らの艦として しまり が無いわ。
呪われた我らの旗を。
ナレーション リップヴァーンは自らが描いたハーケンクロイツのマークを見ながら言い放った。
リップヴァーン ドイツ第3帝国海軍大西洋艦隊 旗艦「アドラー」、これより作戦行動に入る!
ナレーション 英国はSAS(特殊空挺)の二個小隊をヘリコプターで「アドラー」へと向かわせていた。
降下準備を進める機体を爆煙が包む。リップヴァーンの放った、たった一発の銃弾が幾度となく機体を撃ち抜いていたのだ。
リップヴァーン 有象無象の区別無く、私の弾頭は許しはしないわ。時はあと36時間かっきり。悲劇ですわ、喜劇ですわ。
森々の獣ども♪牧場の畜生ども♪空を駆ける荒鷲どもにいたるまで♪勝ち鬨(どき)は我らが物なるぞ♪角笛よ高々と鳴れ♪角笛よ森々にひびけ♪
吸血鬼兵士B あれは・・・何の曲だ?
40 吸血鬼兵士A ・・・第2場「おお太陽の昇りゆく事こそ我が恐怖なり」カール・マリア・フォンウェーバー、「魔弾の射手」!
ナレーション 朝を迎えた。日差しが甲板を照らしている。
吸血鬼兵士B レーダー管制良し。動力部管制良し。
吸血鬼兵士A 兵装管制23%までが運用良し、良好だ。グール共はどうした?
吸血鬼兵士B 船倉部に閉じ込めておいた。もはや邪魔なだけだからな。
吸血鬼兵士A 良好だ、リップヴァーン中尉殿はどうした?
吸血鬼兵士B お昼寝中だ。
吸血鬼兵士A 昼寝?甲板上で?こんな気持ちの悪い、こんな お日様の日に?・・・羨ましいな。俺達はもうきっと一生 日の光を浴びる事はできん。そりゃあ得たものは大きいさ。俺達 よぼよぼの爺さんだったからな。
吸血鬼兵士B でも失ったものも大きい、大きいよな。もう休みの日に、日曜日に公園で鳩に餌もやれない。化け物だ。俺達はもう化け物の一員だ。
吸血鬼兵士A だが彼らの前では新兵に等しいんだろう。彼らは「ヴェアヴォルフ」。戦鬼の徒だ。
50 リップヴァーン あと24時間35分。ああ待ち遠しいですわ。待ち遠しいですわ。待ち遠しいですわ。急(せ)いて、急(せ)いて いらっしゃいな代行殿。
ナレーション リップヴァーンの狩りは終わらない。
二つめの夜を迎えた「アドラー」に向かうは英空軍の戦闘機部隊であった。戦闘機から放たれたミサイルは一瞬にして魔弾に射抜かれ、驚愕する操縦者の体をもまた、魔弾が貫通していく。戦闘機部隊は次々と爆発炎上し海の藻屑と消えていった。
リップヴァーン 勝利よ♪勝利よ♪今宵我らが復讐は成るぞ!
ナレーション その時、リップヴァーンの全身を戦慄が駆け巡った。自然に全身の力が抜け、リップヴァーンは甲板上に両膝をついた。
リップヴァーン あれ?何・・・!?何これ・・・?何・・・これぇ・・・!あいつだ!あいつだ!あいつが来る!
吸血鬼兵士B レーダーに感 有り!接近中!
吸血鬼兵士A またか馬鹿共め、また海の藻屑と化しに来たか。
吸血鬼兵士B いやっ、こっれは・・・なっ・・・っ、速力マッハ2・8!高度・・・85000!?馬鹿な、85000だと!?
吸血鬼兵士A 偵察機だ、SR−71。
吸血鬼兵士B SR−71?
60 吸血鬼兵士A 知らんのか、雑誌にも良く載ってただろ。冷戦が生んだ芸術的な偵察機だ。英軍(ブリトン)が持っていたとは 初耳だがな。
吸血鬼兵士B ははっ、叩き落としてやろう。
吸血鬼兵士A 無理だ。成層圏ギリギリをマッハ3以上っで フッ飛ぶ化け物だ。こんな艦の対空ミサイルではどうにもならん。
ナレーション 管制室にリップヴァーンの叫び声が響いた。
リップヴァーン あいつが来るわ!
吸血鬼兵士B 中尉!何がですか、何がですか、一体 何が来るというのですか、中尉!
リップヴァーン あいつよ!あいつよ!狂気の代弁者がやってくる。屍臭を巻き上げて握りしめながら、黒い鉄馬を引きずって真っ直ぐに!
アーカード 心せよ、亡霊を装(よそお)いて戯(たわむ)れば、汝、亡霊となるべし。
ナレーション アーカードの乗る機体は更に速度を増し、「アドラー」に迫る。
吸血鬼兵士B 敵機っ、急降下!
70 吸血鬼兵士A 何っ!ま、まさか・・・まさかこの艦に・・・ぶつける気か。エンジン!急速発進!回避!全速だ!対空砲!弾幕!急げ、急げ!
ナレーション 何だというのだ、恐ろしい、あの恐怖の谷が。あそこには魔の猟師がいて狩りをしている。その音を聞いた者、全て逃げうせる。猟人たる人、なにを恐れる事がある。猟人たる者の心に恐れなぞあるものか。しかし、神を試す者は罪を受けよう。私は夜の深遠に現れ出でる。あらゆる恐怖をものともしない、樫の木が嵐の中にうねる時でも、鳥どもが泣きわめく時でも。
私は心配です、私は心配です、私は心配です、私は心配です。そんなに急ぐことはない、行かないで、行かないで。月影はまだ確かなもので、月光はまだ薄明かりの様。やがてその光も消える。
あそこから声がする、この私を呼ぶ声がする。
アーカード 拘束制御術式(クロムウエル)三号、二号、一号、解放。
ナレーション やがて日の光も失うだろう、運命は貴様を駆り立てた。さようなら、さようなら。ああ悲しいことよ狩人の生きざま。私の心は震え・・・。

魔弾が弧を描きアーカードの機体を幾重にも貫いていく。小さな爆発を繰り返した機体は中央部から大きな爆発を上げ火を吹き上げた。空母の吸血鬼たちが喜びの声を上げる。だがリップヴァーンは気付いた。撃ち倒したはずの機体が、全く別の物に変わっていくのを。燃え盛る機体はアーカードの放つ黒き闇に包まれようとしていた。アーカードは機体すらも使役したのだ。空母に直角に落下した機体は甲板に突き刺さり、さながら十字架のごとき形のまま燃え上がった。その炎は吸血鬼たちをも巻き込み炎上を続ける。業火の中から、長髪をたなびかせ、吸血鬼アーカードが姿を現した。
リップヴァーンは体を震わせながら、少佐との謁見のシーンを回帰していた。
少佐 素晴らしい実力だね、リップヴァーン中尉、さすがは「魔弾」まさしく伝説の魔の猟師だ。
リップヴァーン はっ、はい!少佐殿っ!
少佐 「魔弾の射手」か、まるでまさしく魔の所業そのものだ。
しかし心に留めておいた方がよいぞ中尉。
リップヴァーン は、はい?
少佐 「魔弾の射手」の終幕(ラスト)を知っているかね中尉。歌劇の最期、狩りの魔王ザミエルを もて遊んだカスパールは、ザミエルによって地獄へと連れ去られ、その骸は谷底へと投げ捨てられる。亡霊を装いて たわむれば、汝・亡霊となるべし。
中尉、心せよ。君の前にも。魔王(ザミエル)は現れよう。
ナレーション アーカードはゆっくりとリップヴァーンに歩み寄った。
80 リップヴァーン は・・・あ・・・ああ、ああああああああ!
ナレーション アーカードの手がリップヴァーンに触れる刹那、吸血鬼達の携えた銃器が火を噴き、アーカードの体が崩れていく。
吸血鬼兵士A 中尉!
リップヴァーン あ・・・あ・・・。
吸血鬼兵士A しっかりなさいっ、中尉!それでもヴェアヴォルフですかっ!中尉っ!少佐殿の御命令の時刻まであとわずかです!それまでは!なんとしても・・・!
ナレーション 崩れ去ったはずのアーカードの体が黒き闇に包まれ、瞬く間に再生されていく。
吸血鬼兵士B !・・・化け物め!化け物の産物め!う・・・射っ、撃てぇっ!
吸血鬼兵士A 銃では駄目だ!手榴弾!手榴弾だ!
ナレーション アーカードは炸裂する無数の手榴弾を意に介すこともなく両手を広げた。両の手から派生した黒き闇は無数の腕となり、無限に伸びゆき、吸血鬼たちの五体を切り裂いていく。
吸血鬼兵士B だああああっ!
90 吸血鬼兵士A 何だ!何なんだ お前はぁ!!
ナレーション そして甲板で生存しているものは、アーカードと、逃げまどい体を震わすリップヴァーンだけとなった。
リップヴァーン ザミエル・・・?ザミエル・・・ザミエル・・・ッ!・・・ッ!・・・ひっ、ひっッ、ひぐ・・・。
アーカード さあ!どうする!どうするんだ魔弾の射手(リップヴァーン・ウインクル)!
ナレーション リップヴァーンは吸血鬼たちの骸を見つめた後、目を閉じマスケット銃を握り締めた。眼鏡を外し、溢れた涙を拭い、決意の眼で眼鏡を掛け、マスケット銃を構えた。
リップヴァーン 有象無象の区別無く、私の弾頭は許しはしないわ。
ナレーション リップヴァーンの放った決意の銃弾を、アーカードは笑顔と共に自らの体で受けた。
魔弾は予測不能の旋回を繰り返し、幾度も幾度もアーカードの体を貫いていく。
リップヴァーン 堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ!堕ちて、滅びろ!
ナレーション 魔弾がアーカードの顔面に直撃した時、リップヴァーンの全身を再び戦慄が襲った。
魔弾はアーカードの牙に囚われ、次の瞬間、その牙に砕かれた。
アーカード 捕まえた。
100 リップヴァーン な・・・あ・・・ああ。
アーカード 私はお前を捕まえた。
リップヴァーン あああああああ!
ナレーション アーカードはマスケット銃を奪い、銃身でリップヴァーンの心臓を貫くと、壁に串刺した。言葉にならない悲鳴をあげるリップヴァーンの首元にアーカードの牙が喰いこみ、血と共に命、そして全てがアーカードに飲み干されていく。

ザミエルは、高らかに笑った。