銀河英雄伝説 - わが征くは星の大海 -
プロローグ
ナレーション 戦争は、今も続いている。人類の歴史は、戦争の歴史だったと言っても、意義を唱えるものは、そう多くはあるまい。人類に進歩という表現があるとすれば、進歩が戦争という母体の中から誕生したと言っても、暴言だと言いきれる人は今はもういまい。人類は、その種子の最後の一粒が死に絶えるまで戦い続ける生物なのかもしれない。戦争の中で膨大な量の血と涙と知恵が費やされていく。その中で、様々な人々の夢と野望が燃え尽きていく。だが、いつの世も、その中で世界を良きにしろ悪しきにしろ、変えようとする野望を持った人間がいた。その野望が世界をどう変えたか、それを評価するのはその時代の人々にまかすしかないのかもしれない。なぜなら、世の歴史家の評価など、歴史家の生きた時代によって様々に変化して行くものだからだ。 だが、歴史上に名を残し、世界を変えたいと野望も燃やし、人間の歴史の中に砕け散っていった人々がいた。人は、そんな人間たちを、英雄と呼ぶ。

遥かなる銀河をラインハルト艦隊旗艦、ブリュンヒルトが進んでいる。流麗なフォルムに白磁の塗装が施された美しき機体のブリッジに、豪奢な黄金色の髪・蒼氷色の瞳の美青年、ラインハルト。その隣には癖のある赤毛が特徴的なラインハルトの腹心、キルヒアイスがいた。
キルヒアイス 大将閣下、定時報告です。我が艦隊は定刻通りイゼルローン要塞に到着の予定、全艦隊異常ありません。
ラインハルト ごくろうだった。要塞に入港許可を。
キルヒアイス 了解
ラインハルト キルヒアイス、いよいよだな。
キルヒアイス ええ、いよいよです。
ラインハルト しかし小さい。
キルヒアイス はい、あの要塞は空に光る星屑の一つにも満たぬ大きさです。
ラインハルト それを何十年にも渡って人々は奪い合っている。
キルヒアイス ええ、何千万もの人命を犠牲にして・・・
ラインハルト 終わらせるよ。
キルヒアイス はい。要塞の戦いだけで無く、150年続いたこの銀河の戦いが終わるのも、そう遠くは無いでしょう。
ラインハルト ああ、遠くは無い。それを終わらせるのも。
キルヒアイス はい。

イゼルロン要塞前方、レグニッツァ、ガス上惑星付近に、敵艦隊らしき反応があります。
ラインハルト かまうな、我々の目的はまず要塞に到着することだ。長旅の後だ、無益な戦闘で我が艦隊にいらぬ犠牲を出すわけにはゆかん。
ナレーション イゼルローン要塞。宇宙艦隊司令長官、ミュッケンベルガーがいる。半白の眉と半白の頬ひげが生粋の武人の雰囲気を醸し出していた。ミュッケンベルガーの元に足早に近づく高貴な衣装に身を包んだ細身の男がいた。予備役中将フレーゲルである。
フレーゲル ラインハルト・ホン・ミューゼル大将の帝国軍遠征艦隊が予定通り到着とのことです。入港の申請がありました。
ミュッケンベルガー いよいよ、スカートの中で育った大将のお出ましか。我が帝国も地に落ちたものだな。
フレーゲル 全くです、なんの実力も無い若造が、姉に対する陛下のご寵愛をよいことに、艦隊指揮官の大将とは・・・最近の帝国の人事はどうかしている。
ミュッケンベルガー 血縁や縁故で帝国の地位が決まるのは今にはじまったことではあるまい。貴族の誰かがそれを言うのは妙な気がするな。どうかな男爵?
フレーゲル どうやら元帥は私(わたくし)がお嫌いのようで・・・では何故こうやってお付き合い頂けるのですかな?
ミュッケンベルガー 私とていつまでも戦場には居られない。いずれは帝国に帰る。そうなれば男爵のお好きな駆け引きも必要になる。その時の為とでも言っておこうか。
フレーゲル 少なくとも、あの大将よりは私を買って頂いているようですな。
ミュッケンベルガー 姉とは言え女の力で陛下に取り入り昇進したような男を、どうしてこの私が歓迎せねばならぬのかな。そんな男は目障りだ、消えてもらう。
フレーゲル ・・・やりすぎは禁物。あの男、陛下のお気に入りだけに危険です。
ミュッケンベルガー だが少なくともこの要塞では私の指揮下にある一介の大将にすぎない。違うかね?
フレーゲル そういうことでしたら、おっしゃる通りです。元帥閣下。

!元帥閣下。惑星レグニッツアに敵部隊を発見との報告がありました。迎撃艦隊は発進準備完了だそうです。
ミュッケンベルガー それには及ばん。要塞から艦隊を発進させるより、現在航行中の艦隊を向かわせたほうが早い。
フレーゲル しかしあの艦隊は帝国からこの要塞に遠征の途中ですが?
ミュッケンベルガー 今は戦時下だよフレーゲル。帝国軍である以上、たとえ遠征艦隊であろうとも、戦いの為に存在する。遠征艦隊をただちにその惑星に向かわせろ。
フレーゲル  これで試すというわけですか?スカートの中の大将の力量を。
ミュッケンベルガー いや、招かれざる客というものは門に入る前に消えてもらうのが一番ありがたい。
ナレーション 旗艦ブリュンヒルトに通信が入る。
キルヒアイス 緊急指令です。総司令官ミュッケンベルガー元帥より指令あり。遠征部隊、ただちに惑星レグニッツァに向かい、敵艦隊を撃破せよと。

これが、我らが要塞の私たちへの就任祝いですか。
ラインハルト お前だったらこの指令、どう処理する?
キルヒアイス 答えはご存知のはずです。
ラインハルト ふっ。
キルヒアイス 惑星レグニッツァは典型的恒星系外縁部ガス惑星です。上層はヘリウムと水素の流動体が占めています。
ラインハルト ヘリウムと水素?
キルヒアイス はい、大気と気流速度はおよそ2000キロ、この状況ではあらゆる索敵レーダー、及び計器が使用不能寸前です。
ラインハルト 文字通り手探りというわけか。いつどこで敵と遭遇しても不思議は無いな。
キルヒアイス はい、しかし敵も条件は同じです。
ナレーション 惑星レグニッツア上層。旗艦パトクロスが進んでいる。ブリッジには艦長のパエッタと黒髪黒目の男、ヤンがいる。
パエッタ まだ見つからんのか?敵の迎撃艦隊は。
ヤン それでいいのではありませんか?我々の目的は敵の目を欺き、イゼンロンに接近、攻撃することです。迎撃部隊はこの際無視してもよろしいのではないかと。
パエッタ ヤン・ウェンリー准将、この艦隊の指揮官は私だ。
ヤン はあ、承知しておりますが、一応作戦参謀として・・・
パエッタ ならば、意見は作戦を作る時だけにして頂こう、ここはもはや戦場だ。いつも作戦通りにことが運ぶとは限らん。敵が出てくればそれを叩く!
ヤン はい、司令官がそうおっしゃるなら、私の仕事はもう終わったことになります。
パエッタ その通りだ。経験の浅い作戦参謀の作戦と、本当の戦いの違いを見せてやる!
ヤン はっ!しっかり拝見させて頂きます。では!
では。(小声で)
ナレーション 喫茶コーナーにヤンとアッテンボローが居る。
アッテンボロー あ、またやりあったんですか?司令官と。
ヤン いやあ、別に。司令官が私の進言を嫌がるならそれでもいいさ。ともかく言うだけは言った。給料分の仕事はしたさ。
アッテンボロー あとは高みの見物ですか。それもいいでしょう。もっとも、あんな司令官のお供で、あの世に行くのはごめんですが。
どうです?
ヤン ああ、コーヒーは遠慮するよ。軍人って奴はどうしてこんな無粋な泥水が好きなんだ?
アッテンボロー 紅茶じゃないと気に入らないのはよ〜く知ってます。でも今は飲んでもいいんじゃないですか?それも、給料分ですよ(紅茶を手渡す)
ヤン ん?おお、これなら大いに頂こう。
アッテンボロー そう、飲まなきゃやっていられません。
パエッタ
(艦内放送)
同盟軍第2艦隊に告ぐ。全艦上昇し、雲海より出て、索敵に全力を尽くす。敵発見次第、ただちに戦闘開始。敵撃滅に全力を投入せよ。各艦の奮闘を期待する。
アッテンボロー 飲んでいる暇も無い
ヤン (紅茶を飲み干す)んっ、勤務中は給料分働けってことさ。(艦が大きく揺れる)おおっと。下手な運転だ。
アッテンボロー 飲む前に酔えますね。
ヤン 全く。
パエッタ どうした!?敵か!?落ち着け!敵はどこだ!目の前だと!!砲撃開始だ!砲撃だ!体当たりしてもかまわん!
ナレーション 雲海を出た旗艦パトクロスが見たものは、直前に迫るラインハルト艦隊であった。慌てて砲撃を命じるパエッタ。対するラインハルトも砲撃を命じる。
ラインハルト 砲撃開始、敵艦との接近を回避しつつ砲撃を加えろ。
キルヒアイス 全艦衝突回避、損害無し、集結地点の指示を願います。
ラインハルト そのままの位置でよい。各艦各々の艦長と指揮官の判断で戦闘を継続せよ。
キルヒアイス 敵味方の火器放射エネルギーにより、大気温度上昇中です。大気が温まれば、上昇気流が起こる。
ラインハルト 風任せという生き方は好きでは無いのだが。
キルヒアイス その風を作るとなれば、話は別です。
ナレーション 旗艦パトクロスのブリッジでは興奮したパエッタがオペレーターを怒鳴りつけている。後方のドアが開きヤンとアッテンボローがブリッジに入ってきた。
パエッタ 我が艦隊の損傷が軽微だと!当たり前だ!敵は損傷すら無いぞ!我がほうは敵の数倍の艦隊だ。何故体当たりをして敵を仕留めん!数で我が艦が勝つはずだ!
ヤン (小声で)今時体当たりなんかする奴がいるか?
アッテンボロー (小声で)まして、あの司令官の手柄になる戦いにね。
パエッタ 敵味方、損傷がほとんど無い・・・迎撃部隊なら、何故もっと攻撃してこん!
ん?どうした?・・・無風状態だと!?戦闘の放射エネルギーで、大気の温度が上がったか。・・・ようし、風が無ければ尚のこと戦いやすい。数の上では我がほうが有利なのだからな。
ヤン 風がやんだ?
ナレーション 突如ラインハルトの艦隊が上昇を始める。
パエッタ 敵艦が上昇?逃げる気か!?ここまできて!(パエッタ艦揺れる)おおっ!どうした!?強風だと!?温まった大気に寒冷気が吹き込んでいるのか。・・・しかたない、一時雲海に回避せよ。
ヤン いけません!
パエッタ ん?
ヤン 上昇すべきです。全軍 星の表面から離れるべきです。
パエッタ だまれ!上昇すれば敵から狙い撃ちにされる。そんなこともわからんか!青二才め!
ヤン 確かに狙い撃ちされるでしょう、しかし!・・・いえ、この艦隊の指揮官は貴方でしたね。
パエッタ 下がれ、目障りだ。
ナレーション アッテンボローがヤンに小声で話しかける。
アッテンボロー (小声で)何故上昇せよと?
ヤン (小声で)私が敵なら、我が全軍を一撃で仕留められるチャンスだがな。
アッテンボロー (小声で)え?
ヤン (小声で)この惑星の大気はなんで出来ている?
アッテンボロー (小声で)・・・はっ!
ヤン (小声で)そう、ヘリウムと水素。マッチ1本火事の元さ。もっとも、そんな危険な火遊びを思いつく奴が敵にいるとも思えないがね。
ナレーション ラインハルトは冷静に言葉を放った。
ラインハルト 核融合ミサイルを発射しろ。
キルヒアイス 目標、惑星表面。
ラインハルト そういうことだ。
ナレーション 放たれたミサイルは、パエッタの艦隊では無く、惑星レグニッツアに向け放たれた。
パエッタ どぉこを狙っているつもりだ、下手糞め!
ヤン お〜っとっと!
ナレーション ヤンはふら付いたふりをしながらコントロールレバーを引き上げる。
パエッタ ヤン!何をする!それは上昇レバーだぞ!
ヤン ああすみません、ちょっと眩暈が。
ナレーション 上昇していく旗艦パトクロス。間もなくして惑星レグニッツア上層で爆発した核融合ミサイルを火種に、惑星上層は火の海となった。パエッタは眼下で次々と沈んでいく友軍を青ざめた表情で見つめている。
ヤン ・・・我が同盟軍の損失は、5分の4といった所でしょうか。
パエッタ 嘘だ・・・こんなことが・・・
ヤン 作戦指示を。
パエッタ 速やかに、退却せよ・・・
ヤン 全艦速やかに退却せよ。・・・(小声で)この指示だけは正しい。
・・・敵に私と同じことを考える奴がいるとは。
アッテンボロー 眩暈を起こさなければ、今頃あの世でしたね。
ヤン ああ、だが私がもっと強く全艦の上昇を進言すれば、他の艦も救えたかもしれない。
アッテンボロー 気にしないで下さい。頑固な司令官の下では、これが精一杯です。それに引き換え敵は・・・
ヤン うん・・・一体誰なんだ?こんな作戦を考えられる奴は。あの白い船の司令官が?。
ナレーション 旗艦パトクロスのさらに上層に旗艦ブリュンヒルドが佇んでいた。
キルヒアイス 敵艦隊、退却。
ラインハルト 作戦終了。イゼンロン要塞に帰還する。
キルヒアイス
(通信)
イゼルロン要塞総司令部へ、遠征部隊任務完了、入港指示願います。
ミュッケンベルガー ここまで来ては入れぬわけにもいくまい。
フレーゲル 悪運だけは強そうですな。
ミュッケンベルガー いつまでそれが続くかどうか。
フレーゲル 遠征部隊、要塞左翼第8661ハッチから第9754ハッチまで、順次入港せよ。
キルヒアイス
(通信)
了解
ミュッケンベルガー 確かにレグニッツァで敵を撃退したことは認めよう、しかし気象状態に恵まれたことも確かだ。武勲を呼ぶには、あまりにも偶然性が強かった。本来の戦いの場である宇宙空間には、嵐など無いことを肝に銘じておきたまえ。
ラインハルト はい、本来の戦いの場では本来の戦いをお見せする所存。では。
フレーゲル スカートが捲れるような風は、もう吹きませんぞ。
ラインハルト ここでもスカートが気になるらしい。
キルヒアイス 優れた転校生は、いつの時代でも、いつのギムナジュウムでも、妬まれ、苛められるものです。しかし、姉君への侮辱は許しません。
ラインハルト いや、くだらぬ先輩共を相手にしてもせん無きことだ。
英雄伝説
パエッタ 同盟軍元帥。あくまで、天候の急変が原因であり、作戦行動に誤りがあったとは思えません。この後退を取り戻す為にも、イゼルロン要塞攻撃を続行すべきと考えます。
同盟軍元帥 うむ。
アッテンボロー また戦争の研究ですか?
ヤン 困ったもんだよなあ、歴史の勉強のつもりでも、人間の歴史って奴は、開けるページ開けるページこればっかり。ドンパチだらけだ。戦争の研究って言われても仕方が無いのかもしれないねえ。
アッテンボロー 結局、あの惑星での敗因は、天候のせいってことになりました。
ヤン 戦いの勝敗は天の味方、地の利、そして神風のせいにしたがるものさ。戦っているのが人間であるということを忘れてね。
アッテンボロー はあ、戦いの勝敗を決めるのは、人か。
ヤン そう。そして今 敵には、あの白い戦艦の司令官がいる。
あ〜あ、またおいでなすったか。
アッテンボロー 貴方を愛する一人の女の子より、かあ。相変わらず減りませんねえ、励ましのお手紙とやらが。
ヤン 郵便代もタダじゃない、紙だって貴重な資源だ。困るよなあファンレターって奴は。捨てるのは可哀想だし、始末に終えないよ。
アッテンボロー いいじゃないですか、そう嫌がらなくても。何せ、7年前のエルファシルの戦いの英雄ですからね、貴方は。
ヤン 私にとって、あの戦いは失敗さ。たった一回の勝利で、古株どもには睨まれるし、退役も出来なくなった。
アッテンボロー 同盟軍には、若き英雄が必要か。
ヤン 宣伝用のタレントにしちゃあギャラが安いがね。まっ、私は給料分の仕事をすればいい。こんなろくでも無い戦争ではね。
アッテンボロー こんな、ろくでも無い戦争でも?
ヤン ははっ、言うなよ。確かに私は、そう、いつのまにか考えてしまっている。この戦争の勝ちかたをね。頭の固い司令官には、決して取り上げられない作戦でもね。(艦内にブザーが鳴り響く)!なっ!?
アッテンボロー 発進命令が出ましたね・・・今夕1800をもって、イゼルローン要塞攻略の為発進か・・・。
ヤン はぁ・・・ほんとにろくでも無いよなあ。
出撃前夜
フレーゲル 敵軍発進の情報がありました、迎撃予定地点はイゼルローン回廊ティアマト、到達時間は、明朝0930だそうです。
ミュッケンベルガー イザルローン要塞駐留軍は、全軍をもってこれを迎撃、敵を完膚無きまで壊滅せよ。出撃予定兵は明朝0600まで要塞内自由行動が許される。十分英気を養うように。なお、迎撃軍の左翼は、就任早々だが、ラインハルト・フォン・ミューゼル大将の遠征軍に任せるものとする。
ラインハルト 左翼?
ミュッケンベルガー 不服かね?左翼は迎撃に対し、最も重要な位置だが、怖気づくならやめてもかまわんぞ?
ラインハルト いえ、ご命令をあらば、喜んでお受けします。
フレーゲル まさか、本気で任す気ですか?
ミュッケンベルガー 左翼が最重要かどうか決めるのは、指揮を取るこの私だよ。
ラインハルト 我が将兵の様子はどうか?
キルヒアイス 別に、何も。
ラインハルト そうか、いよいよ明日だな。
キルヒアイス ええ、明日です。
第4次ティアマト会戦
ミュッケンベルガー 左翼前進せよ。・・・敵がこの餌にどう食いつくかな。
ラインハルト 前進せよ。
キルヒアイス やはり元帥は我々を生贄にするつもりのようですね。
ラインハルト (元帥に呆れながら)馬鹿な。奴がその気なら、それ相応の対処をするしかあるまい。このまま前進を続けろ。
キルヒアイス まさか・・・あの手を?危険が大きすぎませんか?
ラインハルト 危険は承知している。だがそれ以外に我が艦隊を救う手があるか?
キルヒアイス ・・・確かに。
ヤン 敵の左翼艦隊、さらに前進してきます。距離1万6000・・・1万4000・・・1万2000。
パエッタ 馬鹿な!?我々の餌になってくれようというのか?それともこれは何かの罠か?
ヤン たとえ罠だとしても、餌にするのは勿体無さ過ぎる。あれは白い船の指揮官が指揮している艦隊だ。・・・もしかしたら。あの艦隊が餌だとしたら、帝国軍は優秀な人材を故意に消そうとしている。
アッテンボロー ということは。
ヤン 帝国の中にもゴチャゴチャとした不協和音があるってことさ。
同盟軍元帥 同盟軍全艦前進。照準、敵先行艦隊
ミュッケンベルガー 敵艦隊が射程距離に入り次第、攻撃を開始せよ。前方左翼艦隊は考慮に入れずともよい。
ヤン このままでは両方から挟み撃ちだ。
アッテンボロー 全滅は確実ですね。
ヤン だがアイツは前進をやめない・・・何を考えているんだ?
フレーゲル 敵艦、射程距離に入ります。
ミュッケンベルガー 攻撃用意。
ラインハルト 今だ!全艦右に進路転換!
ミュッケンベルガー なに!?
パエッタ 敵は何を考えている!?我々に腹を晒し、まるで撃ってくれと言わんばかりではないか?は!そうか!これは罠だ!何かあるに違いない!
ヤン いや、今だ!今攻撃するんだ!
パエッタ 何を言うか!これは敵の手だ!攻撃は次の手を見極めてからだ!
ヤン それでは間に合いません!
パエッタ 戦場で口出しは無用!指揮官は私だ!
ヤン 敵艦隊旋回!我が軍の左翼側面に付かれます!
パエッタ 艦隊、左舷回頭。
ヤン そんな余裕は無い!
パエッタ なに?
ヤン 敵の本体が目の前です。
パエッタ ぬ!
フレーゲル 敵軍至近距離です。
ミュッケンベルガー 攻撃開始だ。
同盟軍元帥 攻撃開始。
フレーゲル どうしてこんなことに!?
ミュッケンベルガー 囮になるはずの艦隊が見ろ、今や最も有利な位置だ。これでは囮になったのは寧ろ我々本体ではないか!
キルヒアイス しかし大胆な方だ、大将閣下は。
ラインハルト 今回限りだ。これで勝ったら二度とこんな邪道は使わん。
ミュッケンベルガー あの小僧めえ!
フレーゲル 敵軍と正面衝突します。
ミュッケンベルガー わかっておる。もはや総力戦だ。数の勝負しか無い!
パエッタ 我が方の損害、1万8651艦。死者228万。艦数はともかく、死者の数は敵を下回っています。
同盟軍元帥 問題は生存者の数では無く戦える戦艦の数だ!
パエッタ 艦船の消耗も現在我が方が有利です。しかし、敵方には無傷の戦艦がいます。もしあの艦隊が攻撃を開始したら、我が軍の全滅は避けられません。
同盟軍元帥 何故あの艦隊が我らの目前を横断した時に、誰も攻撃しなかったのだ!
ミュッケンベルガー 我々が数で勝てるとしても、あの小僧の艦隊の数を計算すればこそだ!
フレーゲル しかし、餌にしようとしたあの艦隊が、我々の為に働くでしょうか?
ミュッケンベルガー 一度捨てた艦隊に頼るなど、帝国軍人のすることでは無い!
フレーゲル それで、例え勝てたとして、責任問題は免れませんぞ?
ミュッケンベルガー 軍人は責任を回避せん。あの小僧に救援は今更頼めん。
ラインハルト 我々がどう動くかで全てが決まる。
キルヒアイス はい
ランハルト 軍の上層部の連中は私に助けられても不愉快に思うだけだろう。
キルヒアイス お分かりのはずです、ラインハルト様には。10人の提督の反感も、助けられた数百万将兵の感謝に比べれば、取るに足りません。
ラインハルト そう、その通りだ。
フレーゲル 左翼艦隊、突入を開始!
ミュッケンベルガー 我々を助けようというのか!?あの小僧 義兵隊を気取りおって!
パエッタ もはや一刻の猶予もありません!
同盟軍元帥 策があるのか?
パエッタ 少数の艦で敵の裏側へ出て、敵要塞を攻撃せんと見せかけ、その隙に、本体は撤退します。
同盟軍元帥 ふむ、陽動作戦か。だが要塞に向かったものは恐らく二度と帰っては来れんだろう。誰がその任務を引き受けてくれるのだ。
ヤン 私がやらせていただきましょう。
パエッタ !お前は、ヤン・ウェンリー准将。
アッテンボロー どうしたんです?志願するなんてらしくないなあ。
ヤン じゃあなんでお前も志願した?
アッテンボロー ここにいても、全滅を待つだけでしょ。例えあの世に行くとしても、貴方の指揮のほうが、少しはマシでしょ。
ヤン そりゃあ買いかぶりだね。私はちょっと、落とし前をつけたいだけなんだ。
アッテンボロー 落とし前?
ヤン レギニッツアの時も、もっと強く司令官を説得していれば、あんなに犠牲を出さずにすんだかもしれない。そしてさっきも、強引にあの艦隊を攻撃させておけば、ここまで酷い結果にはならなかっただろう・・・
アッテンボロー しかし、あれ程の奇策を取った司令官です。こんな作戦に引っかかってくれますかね?
ヤン 私なら多分、引っかからないだろうね。でもまあ、この作戦、やってみてもいいんじゃないかな。

ヤン・ウェンリー准将指揮下の陽動部隊発進します!
同盟軍元帥 全員の検討を祈る!
パエッタ 何!?それは本当か!
同盟軍元帥 どうした?
パエッタ はっ!全員と申されましても、指令艦ユリシーズに乗るわずか2名、あとは全て無人操縦艦です!
同盟軍元帥 わずか2人!?
フレーゲル 後方に敵艦隊反応!8000の艦隊が要塞に進撃中です!しまった!要塞への退路が絶たれる!
ミュッケンベルガー 本体後退して、要塞を守備せよ!
キルヒアイス 本体、後退します。

敵の陽動作戦に引っかかりましたね。
ラインハルト 愚かな・・・。
パエッタ 敵中央本体、後退中です!
同盟軍元帥 かかりおったな。全軍敵本体を総攻撃!牽制しつつ、退却せよ。
パエッタ 問題は、いつまで敵を騙せるかです。
キルヒアイス 我が軍中央本体、被害甚大です。

本体は乗せられましたね、陽動作戦に。
ラインハルト ほおってはおけまい。キルヒアイス、いらぬ手間だが、幽霊を消してくれ。
キルヒアイス 敵の陽動部隊ですね。既に高速戦艦12隻が向かっております。
ラインハルト たった12隻か?
キルヒアイス (余裕の笑み)それ以上必要でしょうか?敵の陽動部隊に。
ラインハルト 確かに、12隻で十分だ。
ヤン ふっ、お出迎えだ。
フレーゲル 左翼艦隊より報告です。敵要塞攻撃部隊は、敵の陽動作戦、後退の必要無しとのことです!
ミュッケンベルガー !そうか!ならば徹底的にやれ。
同盟軍元帥 (帝国軍の激しい攻撃で艦が揺れる)おおっ!
ラインハルト (旗艦が激しく揺れる)ああっ!
キルヒアイス 敵艦です!位置は当艦の真下!
ラインハルト なに!レーダーに反応しない特殊潜航艇か!
パエッタ 閣下、いまです!総攻撃のチャンスです!
同盟軍元帥 何を言う!今攻撃してみろ!敵の基艦は倒せても、復讐に燃えた敵艦が我々に襲いかかってくる!
ヤン 静かだ、誰も攻撃してこない。
アッテンボロー 大切なんでしょう。この上にいる人を殺したくないんだ。
ラインハルト (興奮気味に)キルヒアイス、私の命とこの艦の為に、勝利を逃すわけにはいかない。
キルヒアイス お待ち下さい!
ラインハルト 攻撃せよ!
キルヒアイス 閣下!当艦の行動に関する限り、指揮権は将官にきするものです。閣下は艦隊指令艦として、ご自信の責務を お果たしあられたい。
ラインハルト ・・・悪かった。キルヒアイス、君の言う通りだ。この艦の指揮権は艦長にある。二度と口を挟むようなことはせん。
キルヒアイス このまま前進致します。
パエッタ 我が軍の左舷方向に退路が確保されました。
同盟軍元帥 速やかに退却せよ。
ヤン よし、退却だ。
アッテンボロー 人質を逃がすと、やられませんか?
ヤン 私にもわからない。でも私が上の人だったら、何もしないだろうな。この戦いは終わったんだよ、第4次ティアマト会戦はね、
キルヒアイス 敵軍撤退、追跡しますか?
ラインハルト 必要無い。無益な追跡は損害を増やすだけだ。戦いはまだ先がある。
キルヒアイス 終わりましたね、一つの戦いは。
ラインハルト ああ、終わった。
ミュッケンベルガー
(演説)
帝国艦隊の窮地を救ったばかりで無く、尚且つ、敵の側面後方に睨みをきかせ、我が軍にほとんど完璧な勝利をもたらした。これは賞賛に値するものであり、宇宙艦隊総司令官・・・
同盟軍元帥
(演説)
・・・これは、いかなる犠牲を払っても続けなければならない聖戦なのだ。そして、悪逆非道な せんせい国家の侵略軍を撃退するものは、諸君等の諸国への献身だけなのだ。共和政治の大義を守る為、例え名誉の戦死を遂げるとも、それは国民の崇高な義務の遂行であり、その前線に身を置く諸君等は民主主義擁護者の鏡なのだ。私は諸君等を誇りに思う。
フレーゲル 本当に悪運の強い男ですな。
ミュッケンベルガー 運だけの男かな。
フレーゲル は?
ミュッケンベルガー 少なくともあの男、もうスカートの中の大将では無い。生意気な金髪の小僧ではあるがな。
パエッタ ヤン・ウェンニー准将、私は少し考え違いをしていたようだ。どうかね?今夜一杯。
ヤン 今日は美味い紅茶を飲みたいだけです、一人でね。
ふたつの星の始まり
キルヒアイス あの戦艦の指揮官が分かりました。ヤン・ウェンリー准将、かつてエルファシルの英雄と言われた男です。
ラインハルト 厄介なことになったよ、キルヒアイス。
キルヒアイス は?
ラインハルト 私は今まで4つのことだけを考えていた。一つはこの帝国をどうするか。もう一つは姉上のこと、そして親友のこと、さらに我が艦隊の将兵たち。だがもう一人、無視出来ぬ者が現れた。
・・・ヤン・ウェンリー准将・・・。
アッテンボロー どうしました?せっかくの紅茶、気に入りませんか?
ヤン やっこさんの名前がわかったよ。
アッテンボロー やっこさん?
ヤン 白い船の司令官、ラインハルト・フォン・ミューゼルというそうだ。
・・・ラインハルト・フォン・ミューゼル・・・
ナレーション これは、星屑のように光る英雄たちの中の、小さな星の始まりにすぎない。二人の英雄の戦いは、ここに始まる。