黒博物館 スプリンガルド
01 ナレーション

1837年、大英帝国の首都ロンドンに、女性ばかりを狙って悪戯をする犯罪者が現れた。脚に「バネ足」を仕込み高く跳び上がり、目と口を光らせ、奇怪な声で笑う怪人物は、イギリス国民から「バネ足ジャック」と呼ばれ恐れられた。しかし、1838年春、犯人 は逮捕されることなくその姿を消した。
それから3年後の1841年、「バネ足ジャック」は再び姿を現した。女性を殺害する殺人鬼となって……。

丘の上に立つ豪邸の一室 豪華な装飾品が所狭しと並ぶ広間の長椅子にこの屋敷の主人、ウォルター・デ・ラ・ボア・ストレイド侯爵が酒の入ったグラスを片手に足を組みながら座っている。その真向かいには三つ揃いのスーツを着た大柄な男、ジェイムズ・ロッケンフォード警部が立っている。

ウォルター くくっ、じゃあ私が3年前に消えたその・・・何とかジャックだというのかね?
ジェイムズ バネ足ジャックだ!お前が奴なんだろう!?
ウォルター お前・・・たかが警部風情がこの私に何を言っているのかわかっているのだろうな。
ジェイムズ ああ、こっちゃ上の許可も取っちゃいねえ。「侯爵」にこれだけのコトをしちゃクビだけじゃすまねえのも知ってる。だけどどうにも腹が治まらんのさ。3年前、どうして俺はてめえを捕まえとかなかったかってよ。
ウォルター 約束もない失礼な訪問、そして貴族に向かっての変態犯罪者呼ばわりの無礼・・・普段ならボクサーでもある私の拳の見せ所だが今は許してやる。面白いから聞いてやるよ犬っころ。何で3年前、この俺が「バネ足」だと思ったんだよ?
ジェイムズ ・・・いいさ話してやる。当局が目をつけたのは怪人の能力だ。高く跳ねる足、火を吐く口。どれも聞いたコトもない人間離れした力さ。だからそいつが本当の怪物でない限りは、機械工学の高い知識と、それを実現する金が要る。
ウォルター ほぉ・・・それで。
ジェイムズ 要するに犯人は、くだらねえ悪戯に金と労力をいとわねえバカだってコトさ。一般庶民やイーストエンドあたりの貧乏人は一日の生活に追われてそんなコトはできやしねえ。
10 ウォルター そうすると・・・そんなヒマと金があるバカは・・・ひゃっほう!上出来だ!お前ら下層階級の下衆はすぐ俺たちのせいにするのさ。
ジェイムズ 調べてみたらいたのよ。ヒマを持てあまし、金を払えば何でもできると思ってるアホウどもがよ・・・そいつらはアイルランドの大会社に大金を払って機関車を向かい合わせで走らせる。理由はただ、「機関車同士の正面衝突は面白いから」。
ウォルター あっはっはははは。
ジェイムズ そいつらは また町に出ては強そうな労働者に片っ端からケンカをふっかける。その理由もまた「面白いから」。それに飽きると売春宿や酒場で乱痴気騒ぎ、店が何軒も潰れるほどな。その他にも老婦人の乗った馬車をひっくり返し、牧師に猟犬をけしかけ、逮捕された仲間を留置場を襲って引っ張り出す。・・・そんな奴らの・・・リーダーが・・・お前さ、ストレイド卿。
ウォルター 面白かったぜ。
ジェイムズ お前はオックスフォードを出てる。取り巻きに機械工学科 出の奴も多いだろう。
ウォルター おいおい、それだけで俺が「バネ足」かよ。
ジェイムズ 決定的だったのは、ターナー・ストリートの事件だった。お前はドジって屈強な下男に見られちまったんだ。コートの内側に縫い取られた頭文字をな。
ウォルター ウォルターの「W」か・・・「W」のつく名の放蕩貴族は俺だけだっていうわけだ。・・・あきゃきゃきゃきゃきゃ!
ジェイムズ それだ!その甲高い笑い声が「バネ足ジャック」の目撃証言にゃ必ず出てくるんだよ。言えウォルター!お前は何で「バネ足ジャック」として帰ってきた!?3年前のイタズラに飽き足らず、何で今 女を殺すんだ!?
20 ウォルター 「バネ足ジャック」は殺しなんてしない。
ジェイムズ よく言うぜ・・・もう4人も殺したくせによ・・・。
ウォルター 馬鹿者が!奴は強盗はおろか、人に怪我させたこともないわ!
ジェイムズ へへへ・・・熱くしゃべるようになったな侯爵さんよ。それに随分「バネ足」に詳しいじゃねえか・・・なら教えろよ。お前は「バネ足ジャック」なんだろ?
ナレーション 部屋の扉がノックされ、メイドがお茶を持って入ってくる。
ジェイムズ 入ってくんじゃねえ。今 ご主人と大事な話をしてんだ!ご主人様も こんな話はきっと聞かせたくは・・・!
ウォルター マーガレット・・・いっ、いや、あの、この方がね、ボクシングを・・・そう!ボクシングを教えてくれって言うもんだからさ!
マーガレット まぁ、左様でしたか。私ったらまたてっきり旦那様がまたケンカをなさって・・・
ウォルター いやいやいや!そんなコトはないさぁ!もーコイツが「教えてくれ 教えてくれ」ってしつっこくて参っちゃってたんだよ〜。オックスフォード時代からコイツとはもーこんなに仲よし!
ジェイムズ
(心の声)
な・・・何だよ?この侯爵。
30 ナレーション 気抜けしたジェイムズはウォルター邸を後にした。玄関から馬車に乗ろうとしているジェイムズをマーガレットが見送る。
ジェイムズ いや・・・その、何だ・・・また来る・・・。でも あんたらもよくあんなヤツの下で働いてんな。給金がいいのかよ。
マーガレット ウォルター様は・・・とても お優しいです・・・3年前から雇っていただいてから、私はいつも旦那様に感謝しています。
ジェイムズ 3年前だ・・・?
ナレーション 馬車に乗り込み去っていくジェイムズをベランダから見ているウォルターは、3年前を回帰していた。
フランシス ははははは!ウォルター、君は最高だ!君のその姿に今やロンドン中が大騒ぎだよ!この前の女なんか、びっくりして漏らしていたよ!あはは。
ウォルター 我は闇に跳んで現れる暗黒の支配者なるぞ!なーんてな!
フランシス まったくウォルターの考える悪戯は ずば抜けているよ。
ウォルター この「バネ足ジャック」を陰で支える男こそお前さ、我がオックスフォードが誇る機械工学の天才、フランシス・ボーエン卿。
フランシス 光栄だよウォルター。そろそろ「バネ足ジャック」のお出ましの時間だよウォルター!
40 ウォルター おう!
ナレーション ウォルターたちは夜のロンドンを馬車で走りぬけながら、道いく女性たちを驚かし続けた。
フランシス あはははは!ウォルターを見た時のあの女どもの顔!サイコーだ!おっ、あそこにいいカモ発見!
ウォルター よーし、また怯えた女のゾクゾクする悲鳴をお聞かせするぜ!
ナレーション ウォルターは奇怪な仮面をつけると夜の空を跳びはね、マーガレットの眼前に飛び降りた。
ウォルター
(心の声)
さあ泣くかな?叫ぶかな?・・・何だ、ふん、虚勢を張ってるのか?・・・なら、これならどうだ!?
ナレーション ウォルターは女性の衣服をその爪で切り裂いた。
ウォルター あきゃきゃきゃきゃ!
マーガレット ・・・弱い女性ばかりを襲う・・・卑怯な爪は、この世の物なのですね・・・では私が、あなたの母上に代わって叱ります。
ナレーション マーガレットの手がウォルターの頬を仮面ごとはたく。
マーガレット もう・・・他人を脅かしてはダメ。
50 ナレーション ウォルターは去っていくマーガレットの姿を呆然と見送っていた。
後日、ウォルター邸 ソファーに上の空で寝転んでいるウォルターの扉がノックされ、メイド長が新人のメイドをウォルターに紹介する。ウォルターは再び呆然とした表情となる。そのメイドこそ、マーガレットだったのである。
マーガレット マーガレット・スケールズです。よろしくお願いいたします。
ナレーション 回帰を終えたウォルターはフランシス・ボーモン邸へ馬車を走らせた。
ウォルター すぐに取り次げ、ストレイド卿・・・ウォルターが来たと。・・・研究中?知ったことか早くしろ。
フランシス ウォルター!ウォルターじゃないか!ははは、君ならいつでも僕の研究室の扉は開くさ!
ウォルター ようフランシス・ボーモン、久しぶりだな。
フランシス ははは、まったく何年ぶりだろう、3年くらいかな。
ウォルター ああ、ここは相変わらずだな。
フランシス うん、メイドにも立ち入りを禁じてある。飲むだろ?
ウォルター おう・・・。
フランシス だけど懐かしいなぁウォルター。どこだかのパブで大騒ぎして、そこを潰しちゃったことを覚えてるかい?
60 ウォルター ああ、給仕の女に酒を飲ませてケンカさせてな。そのうち あっちこっち 火ぃつけたりしてな。
フランシス ふふふ、それでそこの女どもから訴えられて、腹を立てて君はあの悪戯を考えたんだったね。
ウォルター 「バネ足男」か・・・そうだったな・・・。
フランシス 本当に大成功だったよね、僕たちみんな大喜びでさ。ロンドン中が君を「バネ足ジャック」なんて名前で呼んでさ。あのバネ足を苦心して開発した僕も鼻が高かったよ。
ウォルター 3年も昔の話さ・・・
フランシス つい この間だよ。あの頃の君は本当に僕を関心させどおしだったよ。馬でビルの間を飛び越えたり。社交界から酒場まで、その場で一番の美女をモノにするのはいつも君。君はいつでも僕を高く飛び越す「バネ足」だったんだ。
ウォルター フ・・・。
フランシス でも。・・・いつの間にか君は飛ばなくなってしまった。3年前の「バネ足ジャック最後の夜」からね・・・。

はははゴメン。僕のおしゃべりが過ぎたようだ・・・君の用は何だい?
ウォルター ・・・変なことを訊くが・・・その・・・お前が作った「バネ足」は、俺にくれたヤツだけか?
フランシス え?
ウォルター 他に持ってるヤツはいないか?
70 フランシス うふふ、何かと思えばそんなことか・・・いないよ。あの足と手は扱いが難しくて、試した仲間がみんな転んでいたろう?君以外に「バネ足ジャック」になれるヤツはいないよ。ウォルター、あの手足は君だけのため僕が作ったんだ。
ウォルター ・・・そうか。それを聞いて安心したぜ。
フランシス 安心した?ああ、今 噂の「跳ねる殺人鬼」のことを気にしていたのか・・・。
ウォルター あれをオレがやったと思ってる犬っころが来てよ。3年前のことはともかく、「殺し」まで疑われちゃな・・・。
フランシス 殺すのはダメかい?あのウォルターでも。
ウォルター ・・・当たり前だろ・・・。
フランシス 3年前のウォルターなら、そんなことは言わないと思うよ。
ウォルター ・・・じゃあな。
フランシス 3年前のウォルターなら殴ったよ!
ウォルター 3年前3年前って うるさいぜフランシス。
80 フランシス ウォルター。・・・原因は女なんだろ、あの夜に 君を はたいた女。
ウォルター ・・・何を言ってる?フランシス。
フランシス 知ってるんだよ僕は。その女は偶然 君の家にメイドになったんだってね。でも、ああ何ということか、その女はもうすぐ弁護士と身分違いの結婚式を挙げてしまうのでした。
ウォルター ・・・阿片でもやってんのか。
ナレーション ウォルターが部屋を出て行く。フランシスは閉まった扉に背を向け歩き出し、壁を覆っていた大きな布をはずした。そこには巨大なバネで出来た手足、そして奇怪な仮面が壁に打ち付けられていた。
フランシス ふ・・・ごめんねウォルター、嘘をついちゃった。
ナレーション その夜、「バネ足ジャック」は、使いのため町へ出ていたマーガレットの前に現れ、去っていった。謎の言葉を残して。次の日、ジェイムズ警部は事情聴取のため、ウォルター低を訪れていた。
ジェイムズ もう仕事して平気なのか?
マーガレット はい・・・警部様、昨夜は助けていただいてありがとうございました。働いているほうが私も気が紛れますし。
ジェイムズ そういえば、もうすぐ結婚だそうだな。聞く所によると相手は弁護士とか・・・身分違いの結婚はいろいろ厳しいと聞くな。
マーガレット はい・・・
90 ウォルター 大丈夫さ。ヘンリーはしっかりした男だよ。必ずお前をくだらない連中から守ってくれるだろう。
マーガレット 旦那様!
ウォルター それにお前も元は牧師の娘だ、釣り合いが取れんわけでもなかろう。
マーガレット 旦那様・・・足が悪く何もかもいたらぬ私を雇ってくださっただけでなく、結婚のための証人やお金まで・・・全て・・・。本当に・・・ありがとうございます。
ウォルター 恩に着てくれよマーガレット、次は私と結婚してくれ。
マーガレット まあ・・・旦那様!
ウォルター ははは、冗談さ。
ナレーション マーガレットの婚約者、ヘンリー・シェルビー弁護士が慌てた表情で廊下を走ってくる。
マーガレット ヘンリー様!
ウォルター ヘンリー、花嫁を危ない目に遭わせてすまない。
100 ジェイムズ ・・・ではだいたいのことは訊けましたし・・・では私はこれで。
ナレーション ヘンリーとマーガレットを残し、ウォルターは邸を出て行こうとするジェイムズの後を追い、呼び止めた。
ウォルター おい棍棒野郎。今日はやらないのか?テーブルをバーン!「お前がバネ足ジャックだろう!」ってよ。
ジェイムズ ・・・オレが追ってるのは3年前のバネ足野郎じゃねぇ、今暴れてる殺人鬼だよ。もうアンタにゃつきまとわない。
ウォルター 何だと?
ジェイムズ マーガレット・スケールズ・・・ツーティング・ベック・コモン近くの貧しい牧師の娘・・・幼い頃に両親を疫病で失い救貧院へ・・・そこでのひでぇ暮らしが祟って14歳の時、あの娘もまた疫病にかかった。もちろん救貧院が身寄りのねぇガキのために金を払って医者を呼ぶわけはねぇ。冷てぇ石の部屋で一ヶ月 高熱に苦しみ どうにか命を取り留めたときにゃ、あの娘は足を引きずるようになっていた・・・以来 街で物売りをやって暮らしてきたが、一時は娼婦として街角に立つことも考えるとこまでいったらしい。
ウォルター さすが警察、よく調べたな・・・
ジェイムズ なに、昔の調書を見ただけさ。・・・3年前の「バネ足ジャック最後の事件」・・・マーガレット・スケールズはその被害者だったのよ。
ウォルター そうか・・・
ジェイムズ 大した女さ、昨夜の一件にしても、気絶するまで悲鳴 一つ上げなかった・・・あんな細い体のどこにそんな肝っ玉が隠れてんだかよ・・・
ウォルター マーガレットは・・・そうなのさ・・・
ジェイムズ そのマーガレットが言ったんだ。昨夜のバネ足と3年前に遭ったのとは、違うってよ。・・・あんなにしっかりした娘が同一人物じゃないと言ってるのさ。
110 ウォルター ふん、しっかりか・・・確かにな。
ジェイムズ ストレイド卿・・・あんたは昨夜のバネ足ジャックじゃねぇ。
ウォルター ふん、勘ってヤツかよ?二流の刑事らしい陳腐な根拠だな。
ジェイムズ 違うぜ。昨夜のバネ足ジャックは殺す相手が誰でもいいってわけじゃなかったらしい。
ウォルター 何ぃ・・・。
ジェイムズ ヤツは去り際に言ったのさ「お前が幸せの極みで最後に触れるのは、男の甘い唇ではなく・・・この真っ赤に焼け爛れた爪だ」とな。
ナレーション 結婚式当日、教会を見下ろす誰もいない丘の上に、ウォルターはいた。3年前に封印した、バネ足ジャックの姿となって。雨が降りはじめる。雨がウォルターを濡らしていく。ウォルターは人生を回帰していた。貴族として生きることの孤独、唯一の理解者である母を失った少年期。放蕩を気取った青年期。そしてマーガレットに見た母の面影。今も忘れぬ3年前の頬の痛み。
ウォルター くくっ・・・我ながらバカバカしい・・・でも・・・イタかったよなぁ、あれは・・・。
ナレーション 教会の中では粛々と結婚式が執り行われている。豪雨の中、「バネ足ジャック」となったウォルターは教会の入口に背を向け立っていた。そこに、もう一人の「バネ足ジャック」が現れる。
フランシス あれれれ・・・なーんで3年前に死んだバネ足ジャックが立ってるんだろう・・・
120 ウォルター バネ足ジャックが死んだのなら、お前はなんだ・・・?フランシス・ボーモン。俺の悪戯を後ろで見て喜んでたお前がなぜ今更俺の猿真似をして、女を大勢殺しマーガレットを狙う?
フランシス ・・・うふふ・・・もうこの仮面は必要ないか・・・。全ては君を救い出すためさウォルター!路辺の草花のようにただ しおれていくだけの退屈で醜い生活からね。
ウォルター 何だと?
フランシス 僕の屋敷に来た時から君はもう僕の思い通りになっていたのさ。頭のいい君だ、あの時すでに僕が「跳ねる殺人鬼」で あのメイドに害意があることに気づいてたんだろう。だから君は今日ここに来た。そしてそれこそが僕の思惑通りなのさ。マーガレット!輝く蝶のようだった君を地をのたくる草花に変えてしまったあの女を、君の目の前で殺す!そうすれば君はまた空に飛び立てるんだ。僕の大好きなウォルターの復活さ。
ウォルター ・・・他の女はなぜ殺した?
フランシス 練習のつもりが面白くてやりすぎちゃったんだよ。さ、ウォルターそこをどきたまえ。君を地面に縛り付けた花嫁の首を捧げてやるからさ。
ウォルター 失せなフランシス。ここから先は敬虔(けいけん)で善良なる者以外立ち入り禁止だ。・・・オレたちは入れない。
ナレーション 時は1841年の春 場所はロンドン郊外の教会 参列者の前に新郎新婦が姿を見せた頃、黒雲が空を塗り込め、土砂降りの雨が辺りを埋め尽くし・・・「バネ足ジャック」の最終幕が上がった。
フランシス ねえ・・・ウォルター、花嫁を殺せば、君はまた元の君に戻れるんだよ。
ウォルター そうはさせない・・・フランシス、お前はおかしくなっている。
ナレーション フランシスは再び仮面をつけるとウォルターめがけ襲い掛かった。攻防が続く中、ウォルターは空中に跳び上がった。
130 フランシス 愚かだなウォルター、僕が「バネ足ジャック」を作ったんだ!改良を加えた こっちの足のほうが・・・君よりも ずっと高く跳べるのさぁ!!
ウォルター く・・・
フランシス 逃がさないよウォルター。
ナレーション ウォルターの遥か上空へと跳びあがったフランシスの爪がウォルターを切り裂く。圧倒的な性能差の前にウォルターは成すすべなく傷ついた体を地面に伏した。
フランシス 気分はどうだい・・・ウォルター?いつも華やかな輪の中心だった君が何の注目も受けず・・・血と屈辱に塗れて(まみれて)いる気分は・・・?
ナレーション ウォルターはマーガレットとの思い出を回帰していた。
マーガレット あ・・・旦那様・・・
ウォルター ・・・マーガレットと言ったな。
マーガレット はい。
ウォルター ゴ・・・ゴホン、何をしている?
140 マーガレット ここのお庭の空いている所に花を・・・園丁のスミスさんに お許しをいただいたので。
ウォルター 花・・・?そんなちっぽけな花をか。
マーガレット 「マーガレット」って言うんです。私(わたくし)と同じ名前なんですよ。・・・広いお庭ですね・・・
ウォルター ふん、金持ちへの嫌味かね・・・
マーガレット いっ、いえ・・・。私は救貧院でいつも花でいっぱいの広いお庭を見たいなと思っておりましたので、とても嬉しいんです・・・
ウォルター 花を植えるのは園丁にやらせればいいだろう。
マーガレット 申し訳ありません。すぐにお仕事に戻りますね。
ウォルター いや、そういう意味じゃなくてだな。
マーガレット ・・・あの、母が生前言っていたのですが。「お花を植える時は一人でやらないとだめよ」と・・・
ウォルター なぜだ?
150 マーガレット ・・・「綺麗な花を咲かせる人は 孤独な時を耐えなければいけない」んだそうです。私もよくはわかりませんけど・・・
ウォルター お前の母親は詩人か・・・よくわからんな・・・
マーガレット いいえ ごく普通の母でしたよ。
ナレーション 回帰を終えたウォルターの耳にフランシスの声が響いた。
フランシス なぁウォルター、どういう気持ちだよ、恋した女が他の男と結婚式を挙げている横で、泥にはいつくばっているっていうのはさぁ。
ウォルター 恋した・・・だと?オレを誰だと思っている・・・?ウォルター・ストレイド卿が・・・貧乏牧師の娘ごときに心を・・・許すかよ・・・・
フランシス いいぞ いいぞぉ やっと僕の大好なナウォルターになってきたぞぉ!あの女を狙うことで君の野性を呼び覚まそうっていう僕の目論見はやはり当たったんだ。さぁウォルター、これからは一緒に暴れようよ。天下の放蕩貴族とこのフランシスの「バネ足ジャック」コンビがロンドンを震え上がらせるのさ。いや、警察に殴り込んでもいいな、知ってるかい?あいつらまるで弱いんだよ。この「バネ足」を使えば僕らを止められる奴はいないさ・・・なぁウォルター。さぁ、二人で・・・やろうよ。
ウォルター 花を・・・植える時は・・・一人でやれってさ。
フランシス 何だと・・・?
ウォルター でもお前の咲かせる花は醜く腐った人殺しの花だ。教えてやるよフランシス・ボーモン。お前なんかがオレになれるわけねえだろ。
160 フランシス !じゃあ死ねよウォルター!
ナレーション フランシスの爪がウォルターの腹部に突き刺さる。
ジェイムズ ウォルター!
ウォルター よ・・・ぉ、クソ警部・・・無様な所・・・見られちまったな・・・
フランシス 警部さんか・・・そういうば一回会ってたね。
ジェイムズ フランシス・ボーモン、お前が女たちを殺してたんだな。ウォルターを放せ。
フランシス くっくっくっ、残念ながらそれは出来ない。ウォルターはもう高く飛ばなくなった蝶だ。そんな蝶は・・・死ななければならないのさ。・・・ああ、ロンドン&バーミンガム鉄道が おあつらえむきにその役を果たしてくれるだろう。・・・ウォルター、覚えているかい?昔 君が言い出して機関車同士を衝突させたことがあったろう。・・・今度は君の番だ。
ジェイムズ や・・・やめろボーモン!
フランシス アキャキャキャキャ!もうフランシス・ボーモンじゃない!今日から僕がウォルター・ストレイドになるんだ。
ジェイムズ こいつ・・・
170 ウォルター ・・・け・・・警部・・・結婚・・・式は見た・・・か・・・
ジェイムズ ああ。
ウォルター マーガレット・・・は・・・美しかったか・・・
ジェイムズ 天使みてぇだったぜ。
ウォルター 幸せ・・・そうだったか・・・
ジェイムズ 世界中の誰よりもな。
ウォルター ・・・そうか・・・
フランシス 安心しなよウォルター、後であのメイドも同じ所へ送ってあげるよぉ!
ジェイムズ ウォルター!
180 ナレーション 機関車が迫る。線路にウォルターを放り捨てようとするフランシスの腕をジェイムズの銃弾が弾いた瞬間、ウォルターはフランシスごと走り来る機関車の前へ飛び降りた。
ジェイムズ バ、バッカヤロオ!
フランシス 道連れにする気かウォルター!
ナレーション フランシスの爪が幾度となくウォルターを打つ。だがウォルターは手を離さない。
フランシス 何だよぉ〜!?背徳の具現者・・・天下のストレイド卿が何でそこまでしてあの女を〜!はぁなぁ〜せえええ〜!
ナレーション フランシス渾身の一撃をウォルターがかわす。行き場を失った爪は線路に突き立ち機関車に巻き込まれていく。フランシスは絶叫とともに車輪に巻き込まれ絶命した。力尽き今まさにフランシスと同じ末路を辿ろうとしていたウォルターの目に、自らの手をしっかりと掴み、引き上げる男の姿が映った。
ジェイムズ やっと捕まえたぜ、3年前のバネ足ジャック!
ウォルター ・・・仕事熱心だな・・・棍棒野郎・・・
ジェイムズ ぬかしやがれ・・・。傷は・・・?
190 ウォルター ・・・コイツの作りは外骨格式で、腹に鉄ワクがあってな・・・
ナレーション ウォルターは新郎新婦の乗る馬車を遠くから見送ると再び仮面をつけた。
ジェイムズ ・・・泣いてんのか、ウォルター・・・
ウォルター めでたい鐘が鳴る教会の隅でよ・・・誰が・・・泣くか・・・オレは、次の悪戯を考えてたんだ・・・今度は・・・おかしな女なんかと・・・出会わない遊びだ・・・