夜に散歩しないかね
01 ナレーション 桜が舞い散り春雷響く夜、闇の中から 恨めしそうな女の顔がふっと浮かび上がり、空中を円を描きながら巡っている。その女の顔がぐんぐん大きくなり眼前に迫ってくると、唐突にふっと姿が消え、あたりが真っ暗になった。そこで女性が目を覚ました。
沙夜子 また・・・見たのね・・・小さな頃から見るあの夢・・・

よし、今夜こそやろう・・・!
ナレーション 女性は朝日が差し込むカーテンを開け、身支度を整えると、居間の扉を開いた。壁中を絵画が所狭しと飾られた中央のテーブルに温厚そうな初老の男が新聞に目を通しながら茶をたしなんでいる。
沙夜子 おじさま、行ってまいります。
那引 ゴホン、沙夜子さん、学校には慣れたかい。
沙夜子 ええ!私をひきとって女学校にも行かせていただけるなんて・・・本当に感謝しています。この辺は小さい頃、私が住んでいた所と聞きました、それも嬉しくて・・・
那引 亡くなった君の父上と私は親友で、彼には本当に世話になったからね。
ああ沙夜子さん、しばらくは早く帰ったほうがいい、物騒だからね。
沙夜子 物騒って・・・?やっぱり・・・
那引 ああ、警察の人が来て、まだ犯人は捕まらないって言ってたよ。
10 沙夜子 嫌ですわ・・・家のすぐ横で続けて人殺しがあったなんて・・・
那引 本当だね。気をつけておくれよ。
沙夜子 はい。それでは行って参ります。
ナレーション 線路脇の安アパートの一室を、スーツ姿の大柄な男が尋ねた。メガネをかけた和服姿の青白い表情の男が出迎えた。
箱田 いつ来ても不気味だなぁ。人形、人形!本、本!君の所にゃこれしかないな。
削夜秋平 すいません散らかってて。で、時計塔下の連続殺人がどうしました?
箱田 ああ、無責任な新聞はそう書いて喜んどるが。どっこい警察のこっちはそれどころじゃないだよ、削夜くん。
削夜秋平 それで刑事課事件捜査係長の箱田さんが、じきじきに僕に ごはんの種を・・・?実はもう随分と美味しいもの食べてないんです。
箱田 くだらん人形に金を使いすぎるんだよ。
削夜秋平 失敬な!人形は古代より、心霊の魂やどるですな・・・
20 ナレーション 削夜の腹がグーと鳴った。
箱田 古代より現代の心配をした方がいいんじゃないか?
最初の事件は先週起こった。山の手の夜桜町、その名の通り、並木の桜で有名な。あそこは昔から、金持ちが多くて、一軒一軒家が離れてるんだが・・・その中でも桜の林近くにある、時計塔つきの家の下でだ。いやはや、さすがの自分も死体を見てげっそりしたよ。なんせ花びらに埋まったその死体にゃ・・・体の前面が全部なかったんだ・これにはほとほと参ったよ。殺された女は衣服とかからカフェーの女給らしいってことはわかったが、あとがいけない。だいたい動機はなんだ!?それに・・・どうやったら人間を輪切りに出来るんだ!?でかい包丁か?
二度目は今週、またその家の反対側で起きたが・・・物音を聞いた通行人が駆けつけた時には、何も残っていなかった。そんな短時間でどうやってでかい包丁を運ぶ?犯人はたくさんいるのか?ということで、過去何度も難事件の解決を助けてくれた削夜君に、個人的に頼みに来たのだよ。
削夜秋平 解決したって、どれもとるに足らんもんじゃないですか。でも欲しい人形もあるし!やりましょう。
ナレーション 削夜の腹が先程より高らかに鳴った。
削夜秋平 い・・・いかん。
箱田 その前にメシ食ったらどうだ。
・・・じゃな。・・・まだ道場には帰らないのかね。・・・もう忘れたらどうかね。父上も心配しておられる。
ナレーション 削夜は自らの手の平を見つめながら答えた。
削夜秋平 まだ・・・自分が・・・何をしたらいいのか・・・わからんのですよ。
ナレーション 夜桜舞う時計塔の周囲を削夜が歩いている。
削夜秋平 ここが事件の中心の時計塔か・・・あっち側と こっち側で人殺しがあったのか・・・
30 ナレーション 削夜は屋敷を囲む塀ごしに時計屋敷を見上げながら、箱田の言葉を思い出していた。
箱田
(削夜の回想)
時計屋敷の主人?一番あやしいんだがな、最近引き取った養女と暮らしてる温厚そうな貿易商だ。人殺しのあった時は二回とも来客があって、殺すことはできんなぁ。
削夜秋平 ふむ。
ナレーション その時、塀の上に沙夜子が現れた。
削夜秋平 ほ〜。桜の精なんて初めて見た。
ナレーション 驚いた沙夜子は壁のへりに足を滑らした。削夜は慌てて受け止めようとするが、自らも地に足を滑らし、地面に伏した。その上に沙夜子が落ちる。おもわず大声を出しそうになる沙夜子に削夜が慌てて話しかける。
削夜秋平 ちょっと待ったぁ!怪しい者じゃないです!僕の名前は削夜秋平、探偵をやってます。今日はここで起きた事件の調査をしに来たんだ。だからなーんも、なーんも怖くないよ!だから泣いたり叫んだり引っ掻いたりしないでくださいっ!特に「キー」なんて叫んだりして、人が起きたりしたらとても困る!殺した犯人と間違われるかもしれない!そしたら警察につれてかれるよ。探偵が捕まるとみっともないよね、ね!?ね!?
ナレーション 沙夜子は意味を理解しながらも削夜の滑稽で微笑ましい精一杯な言葉に笑いをこらえながらうなづいた。
削夜秋平 ありがと〜叫んだり引っ掻かないでくれて・・・。
今度はこっちから質問していいかい?何でこんな夜に外に出ようとしてたんだい?
ああ!答えたくないならいいよ。
沙夜子 ・・・笑いませんか?
40 削夜秋平 うん、僕はよく人に笑われることがあるけどね。
沙夜子 私は・・・夜が怖いんです。私には・・・いつからか決まって見る悪夢があるんです。
夜の桜の森を、女の人の生首がとんでゆく夢・・・
ただの幻なのか・・・何かの記憶なのかは分かりません、でもその夢を見続けて・・・私はいつしか、夜の闇を極度に恐れる者になりました。夜の向こうに、闇の奥に・・・あの顔がまた浮かぶような気がして・・・。私は・・・そんな私がイヤで・・・今度そんな夢を見たら・・・夜と対決してやろうと思ったんです。
夜が怖いなら、その夜の中に出ていってしまえば・・・そうしたら・・・もう闇が怖くなく・・・なるかと思って・・・。馬鹿な女ですよねぇ・・・世の女性は時代意識に目覚めて、婦人参政などと意見を戦わせてるというのに・・・。
削夜秋平 いや・・・
ナレーション 削夜は自らの手のひらを見つめた。
沙夜子 どうかしたんですか?
削夜秋平 あ・・・いやあ・・・。夜と対決か、君は偉いなあ。
沙夜子 そんな・・・私、外に出て怖くてもう死ぬかと思いましたよ〜!はじめて削夜さんを見た時、黒いオバケかと思って腰が抜けそうになったんですよ〜!
でもよかったあ、いい方で。
削夜秋平
(心の声)
オバケの方が、正しいかもしれないよ。
沙夜子 事件のことを調べにいらっしゃったんですか?
削夜秋平 うん、君はこの家の人だよね。
50 沙夜子 ええ、父が半年前に亡くなって、2ヶ月程前、父の友人の那引の おじさまに引き取られてここに・・・
削夜秋平 おじさんはどうだい、やさしいかい?
沙夜子 ええ、おじさまは昔、美術家になりたかったらしくて芸術にお詳しいし、本当に気を使っていただいて感謝しているんですよ。他の人達もよくしてくれて・・・おじさまの事務の仕事を手伝っている大きな方は少し怖いけれど・・・でも最近、咳が多いので心配で・・・
削夜秋平 越してきてこの辺はどうですか?
沙夜子 両親が生きていた頃、私はこの辺に住んでいたんです。私が物ごころつくまでは、親子で夜桜を見にでたりしてたんですって。
だからね削夜さん・・・私は夜がイヤな私をやっつけたいんです。お父様やお母様と見た夜桜が、変な夢で汚される気がして・・・桜に囲まれたこんな良いお家に住んでるのに、夜、怖くて外も覗けないなんて悔しいわ。
削夜秋平 そうか・・・でも珍しい家だねえ。
沙夜子 ええ。なんでも明治の初めに、新しいもの好きのお金持ちが建てたんだそうです。広い玄関には天窓があって朝日が差し込むんですよ。屋根をぐるっとまわる変わった形の雨どい。あれもとっても好きなんです。
削夜秋平 ふーん、変わってるねえ。でもあの時計の文字盤も不思議だね。白くボーッと光ってるみたいだ。

すまないね、夜との対決の邪魔して・・・でも物騒だから、しばらくは お休みした方がいいねえ。
沙夜子 あのう・・・
削夜秋平 はい何でしょう?
60 沙夜子 ・・・また お会いできますか。
削夜秋平 は!?
沙夜子 いえ・・・あの・・・削夜さんとの お話が・・・あんまり楽しかったもので・・・つい・・・
削夜秋平 夜の闇のヤツをやっつけられりゃいいですね。
いつか加勢が必要なら、僕が助太刀いたしますぞ。
じゃあ・・・
沙夜子 削夜さん。私、沙夜子と申します。ありがとうございました。
削夜秋平
(心の声)
沙夜子さん まぶしいなあ。君は僕と、全然違うんだね。
ナレーション 削夜のアパート、削夜と箱田がいる。
箱田 ふむ、そんな事があったのか。
削夜秋平 その子が「ふしだら」なんてなしですよ。というような幸運があって、色々きくことができたんです。
箱田 こっちも新しい事がわかった。あそこの主人は女房に逃げられてるな。親類の話だが、洋行する度に仕事そっちのけで高価な絵を買いあさる。彼と妻の間には口論が絶えず、その挙句が・・・
70 削夜秋平 奥方はどこに・・・?
箱田 さあな、わからんとさ・・・
削夜秋平 ふむ・・・
箱田 ま、昨日の今日じゃ解決なんて期待しとらんよ。
削夜秋平 うーん、そうでもないですよ。
何か・・分かるような気がします、この事件。
箱田 削夜君!本当かおい!?
削夜秋平 それに・・・やる気が出てきたんですよ、僕。
箱田 あ?
ナレーション 桜舞う日中の時計屋敷、削夜は屋敷の玄関を訪ねた。
削夜秋平 ごめんください。あのう、探偵をやってる者なんですが・・・御主人に お話を伺いたいんです。
ナレーション 居間に通された削夜を、屋敷の主人である那引が出迎えた。那引の横には眼光鋭き巨躯の男、守屋が立っていた。部屋中には所狭しと絵画が飾られている。お手伝いが削夜にお茶を勧める。
80 削夜秋平 はは、どうも。
お恥ずかしいですが、例の事件はさっぱりわかりません。でも調査にかこつけて、絵画を集めておられる那引さんの お話を伺えるかと思いまして。
那引 ほう、では絵に興味がおありですか?
削夜秋平 ええ、浅学なくせに大好きでして・・・あちらのゴシックぽい色づかいのは、ピサネルロを写したものですか。この聖母像も素晴らしい・・・いやはや、まるで美女の美術館にいるようです。
那引 ははは、探偵なのに面白い人だ。
削夜秋平 いや全くめんぼくない。事件は警察にまかせます。
那引 ・・・私はね、女性の絵が好きでしてね。古典絵画にしても、新様式の絵にしても画家が追い求めてやまないのは女性の美です。自然を超えた洗練、技巧で女性を平面に生かす。
削夜秋平 素晴らしいですなぁ。
那引 しかしね、女性の「美」を人は表し得るのでしょうか。洗練された技巧、観念の追及・・・そんなものは・・・
ナレーション 廊下をパタパタと早足で歩く音と共に居間の扉が開き、沙夜子が入ってきた。
沙夜子 おじさま、只今帰りました。
!ごめんなさいお客様!
那引 おかえり沙夜子さん。
90 沙夜子 さっ削夜さん!?
那引 なんだ沙夜子さん知り合いかね。
削夜秋平 あっ、沙夜子さんが前に住んでいた近所に帝大の友人がいて、それで少しだけ顔見知りだったんで、ハイ。
那引 ほう、そうだったのかい。
沙夜子 は・・はい・・・。すっすいません、お邪魔しました。
ナレーション 沙夜子が扉をあけ居間を後にするのを見届けた那引が視線を変えずに背後の削夜に話しかけた。
那引 見ましたか・・・沙夜子さんの皮膚の張り・・・瞳の輝き・・・芸術的技巧を凝らしても、絵画に、それがどれだけ表せるでしょう?本物の女の持つ要素のひとつひとつが、「美」そのものなんですよ。
ナレーション 話を終えた削夜は那引と守屋に見送られ屋敷の玄関にいた。
削夜秋平 いやすっかりお邪魔して・・・
那引 こちらも楽しませて貰いましたよ。
削夜秋平 ああ本当だ、天窓がある。
100 那引 は?
削夜秋平 いえ・・・立派ですね。
ナレーション 守屋が玄関の扉を開き削夜をいざなう。
守屋 さ、どうぞ。
削夜秋平 こりゃどうも・・・あれ、あなたとどこかで会ってませんか?
守屋 いいえ。
削夜秋平 ああ・・・勘違いですね。それでは。
ナレーション 削夜の姿が屋敷の門を抜けるのを確認して、守屋が那引に話しかけた。
守屋 あの男、見覚えがあります。柔術の闇試合で何度か見かけたことがありました。
那引 御法度の闇試合・・・君もよくやったんだろうね。で、彼は強かったのかね?
守屋 あいつは、8人は殺しました。
110 ナレーション その日の夜、時計屋敷の沙夜子の部屋。夕食を終え部屋に入ってきた沙夜子はすぐにカーテンを閉めた。
暫くして、少しだけカーテンをひらくと呟いた。
沙夜子 ・・・今夜も外に出ようかしら・・・あらあら、暗闇の怖い私はどこにいっちゃったの?
ナレーション 扉越しに那引の声が聞こえる。
那引 沙夜子さん・・・
沙夜子 おじさま。
ナレーション 沙夜子と那引が廊下を歩きながら話をしている。
沙夜子 私に贈り物ですか!?
那引 沙夜子さん、絵が好きだったね・・・私の気持ちだよ。
沙夜子 絵をくださるんですか!
那引 ああ、玄関に置いてある。絵はいいよなあ、沙夜子さん。
120 沙夜子 ええ、綺麗な風景が変わらずいつもそばにあるなんて素敵ですよねえ。
那引 沙夜子さんはかしこいなぁ。うっ・・・ゴホゴホ。
沙夜子 大丈夫ですか、おじさま。
那引 あ・・・ああ・・・急いで・・・絵を沙夜子さんに見せないとなぁ。沙夜子さんにあげる絵も素晴らしいんだよ。私が長い間かけて描いた絵なんだ。
沙夜子 まあ!楽しみだわ。
あ!あれですか、大きい!!
ナレーション 玄関には壁一面を覆うほどの巨大な画板が布をかぶされた状態で立ててあった。その横には守屋が立っている。
那引 でも一色だけ足りない色があるんだよ。
沙夜子 え?色が足りないって・・・どういうことですか?
那引 その色はね・・・
ナレーション 那引が布をはずした。驚愕の表情となる沙夜子。巨大な画板一面に前身となり息絶えた女性たちが天女のような構図で貼り付けられていたのだ。
130 那引 沙夜子さんさ。・・・どうだい?これが私の求めた究極の美だよ・・・
沙夜子 じゃ・・・おじさまは・・・絵のために人殺しを・・・
那引 ああ・・・そして・・・沙夜子さんが最後のこの絵の一色さ・・・わかるね・・・
ナレーション 驚きと恐怖で意識を失い床へと倒れた沙夜子を那引は冷徹な微笑みを浮かべながら見下ろしながら守屋に話しかけた。
那引 準備に・・・とりかかってもらおうか。
ナレーション その頃、削夜は時計屋敷の屋根に登り、自らの推理を実証していた。
削夜秋平
(心の声)
やっぱりな・・・死体が発見された二点はいずれも雨どいの延長の位置にあった。そして・・・この鋼鉄で出来た溝で成る雨どいが・・・この連続殺人のとんでもないカラクリだ!あの大時計の文字盤・・・時間によってか人の手によってか その時々によって変わろうか、文字盤は外れる、そして壁に沿って落下した円状の鉄の板は、方向を決められるよう こしらえた屋根の いただきに落ち、左右どちらかの雨どいを、高速で転がり落ちる。そして屋根を離れ、歩幅で通過時間を計算されるか、何らかの足止めをされている犠牲者を・・・両断する!
!溝が途中で枝わかれしてる。これが行き着く先は・・・!天窓!!
ナレーション 気を取り戻した沙夜子に那引の声が聞こえる。
那引 綺麗だよ沙夜子さん。悪いとは思ったが・・・着物は取らせてもらった、体も固定したよ。上手に君を切断したいからねえ。
沙夜子 !切断・・・何のことです。わ・・・私を放してください。
140 那引 切断か・・・これがなかなか難しくてね、ゴホッ、ゴホッ、女が立つ位置が少しでも狂うと切断が思うようにいかないんだ。苦労したよ・・・でも今度は違う・・・沙夜子さんは美しい姿のまま、この紐を引くと切断されるんだよ。あるものが上から降りてきてね・・・美しい君の肌を前後に真っ二つにして・・・私の絵が完成するのだよ。
妻はねえ、本当に美しい女であったよ。だけど・・・仕事を忘れて美術品を買いあさる私を なじってばかりいたんだ。そんな時、妻の顔は醜く歪み、生まれ持っている美しい目鼻だちを台無しにしていた。
13年前のあの夜もこんな夜だった・・・それは・・・全くの偶然だった。時計も文字盤が、はずれたのだ。長年 手入れもせず、雨ざらしになっていた文字盤は、雨どいを壊し向きを変えて・・・
目の前で人が死ぬ凄まじさ!恐怖!!・・・だが衝撃が去った時、私は感動が湧き上がるのを押さえられなかった。円盤で体を切断され、生身の絵となった妻は美しかった。それに比べると私の蒐集(しゅうしゅう)していた美術品が色褪せてしまう程に・・・
沙夜子 それで・・・奥さんが他の男の人と逃げたなんて嘘をついて・・・
那引 ゴホッ、ゴホッ、ああ、妻は男と逃げたんじゃない・・・防腐処置及び数々の手を加えられて、今、美しい絵の一部になっているんだよ・・・さようなら、美しい沙夜子さん。そして・・・ようこそ私の絵に。
ナレーション 那引が紐を引いた。ゴトリ、と鈍い音が響き円形の文字盤が外れ、鋼鉄の雨どいに沿って回転を始める。文字盤は速度を増し天窓へと迫る!
沙夜子 キャアアア!
那引 ははは!そうだ、落ちてこい!!円盤よ!落ちて私の絵を完成させろぉ!!・・・!?どうした?なぜ落ちてこないんだ!?
削夜秋平 ふふふ・・・那引さん・・・すごいこと考えつくんですねえ。
沙夜子 ああ・・・削夜さん・・・!
那引 探偵さんか・・・無粋な真似をしてくださいますな・・・
削夜秋平 いえ、ちょっと沙夜子さんの助太刀にね・・・ねえ沙夜子さん。あなたが見る生首の悪夢は・・・おじさまの奥方です。那引さん、あなたはこの「絵」をつくるための殺人を事故によって思いつかれましたね。そしてその事故の犠牲者は奥方。
150 那引 ああ・・・。
削夜秋平 ここは隣近所から離れています。奥様を憎んでいた あなたは、事故を届けて それから生ずる わずらわしさを疎んじ、己一人で死体を処理しようと考えました。重い鉄の円盤を転がして・・・。
調べると、昔 沙夜子さんの家族が住んでいた お宅は驚くほどこの家の近くにあったんです。そして父上と母上は、幼いあなたを抱いて夜桜をよく見に出かけた。そしてその時、幼いあなたは見てしまったんです。
おじさんが転がす、奥方の首・・・!
沙夜子 そう・・・だったの・・・
削夜秋平 でも那引さんは引き返したんですね・・・
那引 ああ桜の中、文字盤を押しているうちに、この美しい「絵」のことを思いついたからね。
削夜秋平 それからの死体の処理と力仕事は・・・あなたですね。
守屋 なんで、おまえほどの男がこんな所でこそこそと探偵などする気になったのだ?古流柔術 九来玄夜流柔術(くらいげんやりゅうじゅうじゅつ)の跡とり・・・削夜秋平。
削夜秋平 古流なんて、柔道にとって変わられて古いからですよ。刺月一心流(しげついっしんりゅう)の達人 守屋さん・・・やはりあなたでしたか・・・あなたは何でこんな恐ろしい殺人の手伝いを・・・?お金ですか?
守屋 血が好きなんだよ。だからおまえに止められたら・・・血が見れない。
削夜秋平 邪魔しないでください。僕はとってもえらい娘を助けるんだ。
160 沙夜子 削夜さん!
削夜秋平 すぐに・・・助けてあげますよ。
守屋 くっくっくっ!正義感づらだな、削夜。だがな娘、その男はそんないい者じゃない。禁止されている闇試合で立ち合った8人の相手を全員地獄に送り、古流柔術 九来玄夜の「打突技の鬼」といわれた男よ。
似たような技を持つ俺は、おまえと前からやりあってみたかったぞ。やはり同じ血を見るのも、己が殺した奴の血の方がいいからな。
削夜秋平 ここで僕が負けると・・・沙夜子さんが死ぬか・・・
守屋 いざ!
削夜秋平 沙夜子さん。目を・・・つぶっていてください。
ナレーション 削夜は守屋の振り下ろされた腕を冷静に受け止めると急所の人中へと肘を突き刺し、守屋の顔面を鷲掴みすると自らの膝へ打ち付けた。
守屋 つよ・・・ゴフッ。
ナレーション 陥没した顔面から吹き上がる血と共に吐血を繰り返し守屋は絶命した。
削夜秋平
(心の声)
血が好きだって言ったかい、君。僕と・・・同じ・・・さ。
ナレーション 那引は懐からナイフを取り出すと沙夜子の咽元にあてる。
170 那引 この娘はやらないよ!
ふふ、完全には止めてないようだ・・・もうすぐあれはここに落ちてくる!
しかし、探偵だと思ったら人殺しか・・・人の中身は夜の闇のようにわからぬものだねえ。ゴホン、妻は輪切りになって美しくなった。きっと中身の「闇」が流れ出たんだろうな。
沙夜子さんの「闇」は・・・何色かな?
沙夜子 ・・・何色だってかまわない・・・きっとそんな闇はみんな持っているものだもの・・・みんなそれと一緒に生きているのよ。そして闇の自分を追い払おうと思うから綺麗になれるんだわ。私を使って絵をつくるといい。
でも死んだ私は綺麗なんかじゃない。生きてない女を血で塗りこめたこの絵は醜いわ。
かわいそうな おじさま・・・屍と自分の闇を使って、あなたは何を描きたかったの?
那引 わ、私は・・・
ナレーション 文字盤の重みに仕掛けがはじけ落ちる!削夜が駆け寄った。
那引 よっ、寄るなぁ!この娘は・・・
ナレーション 削夜は自分目掛けて振り下ろされたナイフを腕で弾くと、沙夜子を抱きかかえ後方へ跳び退った。
削夜秋平 自分の夜に、他人を巻き込むのはいけませんよ。
ナレーション 落下した時計盤は那引の体を前後に真っ二つに切断し床に転がり落ち突き立った。鮮血が吹きあがり、あたりを真っ赤に染め上げて行く。ついに那引は、自らが追い求めていた絵の作品という骸となった。
削夜秋平 で・・・御自身の色は何色ですか?那引さん・・・。
沙夜子さん怖かったかい?
沙夜子 削夜さん・・・
180 削夜秋平 君は・・・えらいなあ。
沙夜子 さ・・・削夜さんも。
削夜秋平 ははは、僕は駄目な男さ。僕は・・・すっかり廃れた武術の跡取りとして生まれ育ったんだ。小さい時から敵と戦い勝つ事を習い覚えた・・・でもそれでどうなった?僕は確かに強くなった。そして、自分の力を試すため禁じられた他流との闇試合を繰り返すたびに、僕は、僕の内に有る性質に気がついていったんだよ。血を好み・・・人の心に働く最後の手加減ができぬ、残忍な心・・・。己を鍛え、精神の高みを目指す武道家がそうなれば、ただの人殺しだ。そして僕は家を出て・・・どうしたら良いかわからぬまま探偵をやってる。
沙夜子 ・・・でも、
削夜秋平 今日はいい夜だ。こんな僕が こんなえらい娘の助太刀ができた。みんな心の闇に生きてる・・・か。僕は逃げてるだけだな。
沙夜子 ちがいます、削夜さんは・・・削夜さんは・・・
沙夜子
(心の声)
私に・・・教えてくれたんです・夜の闇に潜むのが、決して恐ろしいものだけじゃないってことを。
削夜秋平 警察を呼んできます。その間に着物を着て下さいね・・・ああ・・・いい夜だ。
ナレーション 屋敷の玄関を抜け、削夜は桜舞い散る夜の闇へと、消えていった。

後日、線路横にある削夜が住む安アパートの一室、削夜と箱田がいる。
箱田 それから帰ってやらんかったのか?
190 削夜秋平 ええ、まあ。
箱田 かわいそうに、あの娘は何度もお前さんのことを尋ねとったぞ。言われたように知らないと言ってやったが・・・良かったのか?
削夜秋平 はあ・・・
箱田 結局、那引は病気で長くなかったらしい。だから今まで注意深く隠してた死体も最後におざなりになったんだ。
削夜秋平 ええ。
箱田 やっぱりあの娘のこと気になるんだろ?
削夜秋平 なっ、なっ、なっ・・・何言ってんですか!?あんないい娘が こんな僕に嫁いで来たって幸せになりゃしませんよ!
箱田 自分はそこまで言っとらん。やっ〜っぱりだ!こいつ〜!
削夜秋平 あ〜っ!今の無しっ、今の無しーっ!