吸血鬼ハンターD 北海魔行V - 冬来たりなば -
Dに敗れた修行者グレンは再起を決し、思い出サモンとともに吸血鬼と化した。
サモンへの恋慕の情にもだえる国王エグベルトもまた、吸血鬼と化してしまう。
さらに、クロロック教授を術にかけて「珠」を呑み込んだDの左手を狙う傀儡のシン。
封印された記憶を持つスーインを求めて「海から来る貴族」マインスター男爵。
「珠」の秘密に取り憑かれた魔人たちが入り乱れ割拠するフローレンス。
漁師町の灰色の夏。短い夏の日はいま、魔人たちの対決の血で終わろうとしていた。
01
(語り)
誰にとっても夏は特別な季節だ。二度とは来ないその夏を、人は力の限り謳歌し、歌い、そして来たるべき冬の寂しさを忘れようと努める。旅芸人や屋台の一座は、それを盛り上げるのに不可欠な存在だった。
一つの珠を巡る戦いは、多くの怨讐(おんしゅう)と悲哀を巻き込んだまま、尽きることが無いように見えた。そしてたった一つの回答を握っているのが、バンパイアハンターでも修行者でもなく、海に潜む、闇の使者だけだった。
Dの左手 やはり、早めにこの村を出たほうがよかったのかもしれぬな、また多くの血が流れた。まだ流れるじゃろお、それがお前の宿命と言っても・・・それにあの貴族、スーインの家をかつて訪れたという噂の戦闘士。その正体、お主、分かっておるのではないか?
もはや・・・同じことだ。
Dの左手 ・・・何故、ここへ来た?
何故?
Dの左手 あの、ギリガンとかいう男の地下室で殺された娘・・・ウーリンか?あの娘が最後にお前の名前を呼んだからか?フフ、つくづく性根の甘い奴、死者との約束は破れぬか?!。生者(せいじゃ)は破られた約束を怒るが、死者は何も言えぬが故に・・・。
夏が終わる・・・せめてその前に・・・。
Dの左手
(普通に言います)
菊地秀行原作、バンパイアハンターシリーズD 北海魔行。第三話、-冬 来たりなば-
スーイン みんな、無駄使いしたらお母さんにどやされるわよ。さっ!行っといで。先生はあとからいくわ。

(語り)
俺とスーインは人ごみに飲まれていく子供たちを黙って見送った。子供たちと別れたら、すぐに山中の隠れ場に向かう、それが二人の約束だったからだ。
10 スーイン もういいわD、ありがと、行きましょ。
ああ。・・・だがそういうわけにもいかないようだ。スーイン、子供たちをつれてすぐにこの場を離れろ。
スーイン え?!・・・分かったわ。みんなー!こっちにいらっしゃい。いい子ね、先生の言う通りにして頂戴。

先程まで民衆相手におどけていた曲芸師が俺目掛けてナイフを投げつける。ひとっとびに距離を詰めて弾き返すと共に同じ刃が奴の脳天から真っ二つに斬り裂いた。だが男の亡骸は地に落ちず、シルクハットとエンビ服の人形が落ちていた・・・傀儡(くぐつ)だ。そして傀儡が曲芸師だけでないことは最初から分かっていた。
Dの左手 ほほう、見物の村人が皆傀儡に変わりおったわ。
50というところか。
傀儡のシン やはり気づいておったな。そうそう、この祭りに集まった芸人も見物客もこれ全てワシの傀儡と知れ。子供と娘を逃がしたわ、さすがDといわれる男か。
傀儡のシン。
傀儡のシン ヌハハハハハハ、いくら数があろうと、お前に勝てるとは思っておらん。だが・・・これではどうかな!?
クッ!体が!これはエグベルトの!
20 傀儡のシン ヌフハハハ、傀儡に気をとられ気づかなかったか。この森一体縦横1キロはとっくにエグベルトの王国となっておる。体にかかる5Gの中で何人斬れるかな?D!かかれ!傀儡ども!
Dの左手 こいつはやっかいなことになったわ、きりがない。
方法は・・・ある。・・・そこだ傀儡のシン!
傀儡のシン ぬおおっ!

(語り)
放った白木の針は、森の中に潜んだシンの本体を確かに刺し貫いたと見えた。その証拠とでも言うように、周囲の敵はたちまち人形となって地に伏した。俺はシンの死を確認するために、ゆっくりと森に足を踏み入れた。そこに、ひどく小さな老人の屍骸・・・シン。だがどこか変だと思った時には遅かった!
傀儡のシン イーヒヒャア!
グアアッ!

(語り)
振り向くと、木にぶら下がった本物のシンの姿が見えた。その手にはドラゴンをも倒す大型ライフル、俺の左腕はその弾丸に砕かれ、手首から先は地面に ひしゃげて落ちていた。
傀儡のシン イヒハハハハハッ!かかったな!傀儡は生を与えるだけにあらず、それは死体の傀儡というわけ!アハハハハハ!この左手はいただくぞ!ワシは最初から貴様と対等に戦おうなどとは思ってはおらん、エグベルトの王国を破った、ものを喋る左手、そこに珠を隠している以上、ワシが欲しかったのはこの左手だけよ。
せいぜい気をつけることだ、その手は性悪なのでな。
傀儡のシン 動くな!ちょっとでも動くでない!フヒヒヒ、ここで見逃す程お人良しでもないが、ワシは一刻も早く珠が欲しいのでな。お前にはおあつらえな相手が用意してあるわ、片手を失ってどこまで戦えるかな?さらばだバンパイアハンター!エグベルト、出番だ、存分にな!
国王エグベルト また会ったな、Dよ。
30 ん!?重力を元に戻したな・・・こんのか?
国王エグベルト 俺は最初から徒党を組むのは反対だった。珠を獲た今、シンの言葉に従う必要はない。その傷が癒えた時、改めて戦うとしよう。今度こそ、キングエグベルトとして、一対一でな。
よかろう。
国王エグベルト あはははは、はははははは。
修行者グレン あ・・・ああ・・・ああ・・・うう・・・。

(語り)
修行者グレンは死の床にあった。その肉体は、俺との決闘で受けた傷に加え、エグベルトにより断崖より突き落とされ、サモンによって引き上げられたものの、もはや生としての入れ物としての役目を果たしてはいなかった。
思い出サモン グレン・・・望みを叶えてあげるよ。
修行者グレン み、見つけたのか貴族を?どこだ?ここに連れてきているのか?
思い出サモン お前に命じられ、あたしは海岸線をさまよった。だが、心は虚ろであった。こうしているうちにシンがDを倒してしまったら・・・いや、それよりも、お前がここで死んでしまったていたら・・・だからあたしは一つの賭けをした。
40 修行者グレン 賭け?
思い出サモン ある海岸であたしは自らの首を斬り裂き、溢れ出る血潮を海に広げた。貴族がこれに誘われればよし、さもなくばあたしの命と引き換えにお前の命も終わる。
修行者グレン !そうか・・・お前。
思い出サモン 息絶える寸前・・・あたしは、あいつと会った。だが、あいつにその場でお前の血を吸わせるように仕向けることは不可能。
修行者グレン だから・・・お前は自分の血を奴に与えたのか?
思い出サモン そして・・・あたしならお前の血を吸える。
修行者グレン ハ、ハハハ、共に・・・貴族となるか。吸えサモン、俺の血を!俺にあの男を倒す力を与えろ!
思い出サモン ああ・・・グレン。

(語り)
俺から左手を奪ったシンは、クロロック教授と落ち合っていた。だがシンは知らなかった、辺境に噂された教授と呼ばれる男の真の恐ろしさを。
傀儡のシン どうした、珠を手に入れた以上、さっさとこいつを使える場所に。
クロロック教授 待て、まずはこやつが本当に珠を持っておるかどうか・・・これっ!これっ!答えろ、うぬは生きておるのか!?
50 Dの左手 カッ!そう乱暴にせずとも生きておるわ。そして・・・生きてきた。お主らより100倍も長き時をな。
クロロック教授 うぬが何者か今は問わぬ。その腹中に収められた珠を出してもらえぬかな?
Dの左手 さてさて・・・大分前にそのようなものを飲まされたかな?・・・ざっと3000年前じゃ。
クロロック教授 嘲弄(ちょうろう)するかワシを。
傀儡のシン その目と口!えぐりだしてやろうか!
Dの左手 まあ待て待て、今見繕って出してやろうものを、え〜と・・・モゴモゴモゴ、ペッ! これかな?
クロロック教授 まさしく!さあ、こっちに渡してくれたまえ。
Dの左手 よかろう・・・しっかりと・・・受け取れよプッ!!
傀儡のシン こ!こやつ珠を投げ捨ておった!早く!早く取りにいかねば!
クロロック教授 この窓の下は切立った崖になっておる。見つけることはできようが、時間がかかる。
傀儡のシン !そ!それはワシのナイフ!貴様いつのまに!?
60 クロロック教授 珠探しに二人の手はいるまい!
傀儡のシン アオオッ!愚か者・・・お前の首にはワシの傀儡が!ワシが死ねばお前に噛み付き殺す!ウゥッ・・・共に地獄に来い!
クロロック教授 こいつのことか?
傀儡のシン そ、それはワシの命令なくしては決して取れぬはず!お前の術でも目に見えぬものは操れぬ。
クロロック教授 侮ったか、確かに首筋に貼りついたものを見ることは出来ん。だが鏡を2枚組み合わせれば容易に見える。ワシはそれを描き、そして囁いたのよ、毒虫よワシから離れよと。
・・・くたばったか。
ん?あの左手め、どこに消えおった・・・まあいい、まずはあの珠を見つけることだ。フフフフフフ、探す、なんとしても探し出し、そしてワシは・・・。
Dの左手 フフフ、どうやらあの男、知っておるらしいの。よかろう、このワシさえ知らない珠の秘密、見届けさせてもらうとするか。ヘヘヘヘヘ。

(語り)
偽りの祭りを離れ、村に急ぐスーインたちは、俺の到着を待つ間もなく新たな恐怖に襲われた。一同が走る波間の向こうから、ずぶ濡れのマント姿で一人の男が立ち上がったのだ。すでに陽は西に没っしようとしていた。魔性の時間だった。
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
・・・スーイン・・・。
スーイン 大丈夫、あたしが付いてる。いい?あたしが海に向かって走るわ。そしたらみんな手をつないであっちに走るの。村の人がいたら大声を出すのよ。いいわね?手を離しちゃ駄目。
行くわ!ハアッ、ハアッ、ハアッ、こっちよ!こっちへ来ーい!
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
スーイン!僕だ。
70 スーイン 子供たちは逃げたわね・・・これでいいわ。
あたしに何かご用!?
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
僕は・・・君を。
スーイン あたしは貴方なんか知らないわ!貴方は誰!?マインスター男爵!?
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
マイン・・・スター?・・・先日の男もそう呼んだな・・・いや・・・マインスター!

・・・その通りだ、私は帰ってきた。
スーイン やっぱり、そうなのね。
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
帰って・・・きた。だが何故お前のような下賎なものの前にいる?
スーイン 悪かったわね!あたしが知るわけないでしょ。
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
違う!娘・・・お前は知っておるはずだ。何故この心惹きつけられるか、お前は知っている。
80 スーイン 知らないわ!あたしは、あんたなんか知らない!
知らないわ・・・だけど何故?心の中に焼きついている男の姿がある。・・・D?・・・違う・・・これは、あたしの中に焼きついているこの人は・・・誰?
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
娘・・・この飢えを癒させてもらうぞ、さあ、その咽を差し出せ、下卑た血を与えよ!
スーイン きゃああ!
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
ははははははは!
その手を離せ!
スーイン D!
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
ぬう!あの夜のハンターか!
また会ったな。
スーイン D!
下がれ・・・下がっていろ。
スーイン !はい!
90 海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
私は何故か、あの女に飢えている。そこをどけ!
村の資料館でマインスター男爵の肖像画を見た。その顔は確かにお前とは違う。だがあえて問おう、この俺の顔、忘れたかマインスター。
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
!・・・覚えているとも・・・忘れてなろうか。このマインスターをあの奈落へと突き落とし、我が屋付きを破壊し、あろうことか偉大なる実験の成果を奪い取った・・・そうだ、あの呪わしき黒マントの男よ!・・・あれは・・・お前か!?
・・・違う。だが、同じかもしれぬ。・・・行くぞ!

(語り)
激しく踏み込んだ俺の一刀を長いキリのような武器が受け止めた。伸縮自在、槍にも棒にもなるそれが貴族の新たな武器だった。自在に武器を振るいながらも、だが貴族の顔はふいに悲しみに歪んだ。そして俺に問うた。
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
教えてくれ、何故私はこんな武器を使える?私は・・・誰だ?
マインスター男爵・・・だがそれだけではあるまい。
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
あ・・・ああああああ・・・
フフフフフフ、見たぞ片手のハンターよ。今、波を避けたな。ダンピールの血は争えん、やはり水は怖いか?だがその宿命を覆そうと試み、ついには水をも克服した貴族はいた。どうやらお前を倒さねば女は手に入らぬらしい、ならば次に出会った時がお前の最後と知れ!
次はない!フンッ!
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
恐れる気配もなく水に入るとはな。だが飢えたままではお前の相手は出来ん。
姿を見せろ!
100 海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
これではどうかな!
水が!渦を!
海から来る貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
その渦の中で頭を冷やすがいい。次の出会いを楽しみにな!
ま、待て!

(語り)
貴族の力が作った渦潮に、俺は手も足も出なかった。やっと開放された時には、貴族の気配はなく、そして砂浜に戻ると、力尽きた俺に、話しかける声があった。
エグベルトか。
エグベルト D、全ては明日決するとしよう、本意ではないが、娘の身柄は預かった。明日の昼、森の西端で待っているぞ!

(語り)
定時、俺は森の西端に赴いた。祭りの森からさらに5キロ程入った荒野である。木立の向こうにはエグベルト、そして、木に縛り付けられたスーインの姿があった。エグベルトの首に巻かれたスカーフが、どこか異様だった。
スーイン D!
国王エグベルト 来るか!・・・D。だがお前の相手は俺ではない。
110 わかっている。さっきからその木陰から見守っている二人。エグベルト・・・いつから誇りを捨てた。
思い出サモン おしゃべりはそこまでよ。
修行者グレン ・・・D・・・また会えたな、嬉しいぞ。
スーイン あなたはグレン、それにサモン。あなたたち一体・・・。
思い出サモン こっちにおいで、小娘。今からお前の愛しい用心棒が、あの人に斬られるのだからねえ。たっぷりと楽しめるよ、ウフフ。ご苦労だったねえ、エグベルト。
国王エグベルト お、おう。
修行者グレン D・・・立ち会わぬとは言わんだろうな?
娘を放せ。
修行者グレン 俺とお前の決着がついたらすぐに。安心しろ、決して手出しはせん。
いつ噛まれた。
120 修行者グレン ・・・気づいていたのか。・・・だがこの木陰での戦いであれば、昼間とはいえ遅れはとらん。
望んで噛まれたか!
修行者グレン 俺だけではない。エグベルトもサモンもだ。呪われた貴族のしもべを退治してみせるか?Dよ。
ハァッ!(長剣を抜き斬りつける)
修行者グレン フンッ!ハッ!
クッ、なんという男よ、貴族の力を手にした俺と尚も互角に剣を交じわすとは。・・・やはりこれしかないのか。
ローレライか!
スーイン Dとグレンが同じ構えを!?
思い出サモン 先日はスピードで劣りグレンは負けた。だが今日は!
修行者グレン ヌクッ!
思い出サモン グレン!
国王エグベルト 慌てるなサモン!グレンは脇腹を掠められたにすぎん。だがグレンの剣は。
130 思い出サモン おお!Dの胸を貫き、背中に達している!
スーイン D!
おぐううう!がはあっ!
スーイン Dが・・・倒れた。
国王エグベルト グレンの・・・勝ちだ。
スーイン D!!
思い出サモン 何をするつもり?よ〜くごらん、あいつは死んだんだ、あの人が殺したのよ。ウフハハハハ!お前もあとを追うがいい!血を吸ってやろうか?いや、それよりも、もっとおもしろいことがある。
スーイン ・・・何をするの。
思い出サモン かつてお前に術を破られたねえ・・・あのあと、あたしは気づいたのさ。お前の中に、ある記憶がある。だけど、それは硬く封印されているんだってね。
スーイン 男の記憶?嘘!
140 思い出サモン フフフフ、それは呪わしい記憶に違いない、今それを蘇らせてやる!記憶の海に溺れて、自ら命を絶つがいいさ!
修行者グレン やめろサモン!その娘を放してやれ。
思い出サモン ホ・・・ホホホホホ、あたしの術を破ったただ一人の女、あたしが生かしておくと思ったかい!・・・さあ・・・あたしの目をごらん・・・お前の中にある記憶を、引きずり出してくれる。
スーイン や、やめて・・・あ!

誰?誰かが岸壁に立っている。あれはあたし?じゃ、横にいるのは・・・知らない、あんな人。
海から来る貴族
(4年前の戦闘士)
頼むスーイン、一緒に逃げてくれ。
スーイン
(4年前)
・・・出来ないわ・・・あたしにはウーリンも、お爺ちゃんもいるのよ。
海から来る貴族
(4年前の戦闘士)
・・・どうしても・・・駄目なのか?
スーイン
(4年前)
・・・ごめんなさい。
海から来る貴族
(4年前戦闘士)
・・・そうか・・・ならしょうがない。俺と君がもうただの関係じゃないことを、みんなに話す。
スーイン
(4年前)
やめて!こんな小さな村でそんな噂立てられたらあたしたちは!
150 海から来る貴族
(4年前戦闘士)
そうだろう?だったら・・・ス!スーイン!何をする気だ!?
スーイン
(4年前)
・・・こうするしか・・・こうするしか・・・ないじゃない!!(ナイフで刺す)
海から来る貴族
(4年前戦闘士)
ぐあああ!スーイン!(崖から落ちていく)
スーイン あああああああ!
修行者グレン もうやめろ!
スーイン
(精神不安定)
うっうっうっ、あたしは・・・あたしはあ!
思い出サモン フフフフ、4年前だね、相手は流れの戦闘士か。お前は妹と祖父の為に、愛した男を殺したんだ。村の金を盗んで逃げようと言われ、それを断わって。
スーイン
(精神不安定)
仕方なかった・・・仕方なかったのよお!
思い出サモン お前の祖父は催眠術でその記憶をお前の中に封じ込めた。あたしの術も、一度はあざむかれた程にねえ。・・・だけどもう駄目さ。
スーイン
(精神不安定)
そうよ・・・思い出した・・・みんな思い出した!あたしが殺したの!!
160 修行者グレン スーイン、落ち着け。
スーイン
(精神不安定)
さわらないで!・・・そうよ・・・ウフフフフフ、あたし、あたしが殺したのよ、ナイフで刺して!崖から突き落としてえ!
思い出サモン フフフフフフフ、ハハハハハハハハ、ハハハハハ、!あっ!!?
・・・破ったな。
修行者グレン D!
思い出サモン 馬鹿な!あれ程の傷が、塞がっている!
国王エグベルト 奴の口元を見ろ!血だ、自分の胸から流れた血を飲むことで、奴は力を取り戻した。
呪わしい宿命から逃れようとは思わぬ・・・この怒り・・・安くはないぞ!!
修行者グレン D、来るか!ンクッ!!
ぐぅ・・・俺の、咽を、斬ったか・・・なんという速さ、それが真の力か、おお。
思い出サモン グレン!何をしているエグベルト!あのいまわしいハンターを殺せ!
国王エグベルト おお!
170 思い出サモン グレン!グレン!グレンしっかりして!
修行者グレン サ、サモン。
国王エグベルト 早く行け!サモン、ここは引き受けた!
思い出サモン 頼む!エグベルト。グレン!
さあ!娘も来い!
スーイン
(精神不安定)
触らないで!あたしに構わないで!
思い出サモン 来るんだよ!
国王エグベルト 英雄気取りでするわけではないが、俺はあの女に惚れた。あの女が守ろうとしているものを、守ってやりたいのだ。
・・・だが女は振り向くまい。
国王エグベルト ・・・昨夜のことだ。サモンが俺の前に現れた。俺をしもべとする為にな。俺はその時決めた。あの女があの男を愛するように、俺もサモンを愛すると。サモンとグレンを守ってやることで、ほんのわずかでも、サモンが俺を愛してくれるのなら!
ここはまだ王国の中・・・使わんのか?
180 国王エグベルト 約束を破った罪、俺の体で償う。・・・まことに素直な気分だ。D、これが貴族の心か?
・・・あるいわな。
国王エグベルト 行く!うわあああっ!
フンッ!
国王エグベルト ぬおっ!・・・見事だ・・・D。俺の鉄棒を跳ね上げ、同じ刃で心臓を貫いた・・・やはり、かなう相手ではなかったな・・・グ・・・死こそ、安らぎか・・・よく・・・わかった・・・グフッ。
・・・スーイン。ん!地響き!

(語り)
突如フローレンスの村を襲った地震の震源は、貴族たちの城跡だった。悪い予感に襲われた俺は、再びマインスターの城の地下に向かった。
大爆発を起こしたあの実験室の中央で巨大な水槽が砕け、その残骸の下で俺はあの役立たずの左手が落ちているのを見つけた。
Dの左手 これ!もうちょっと、ソ〜ット扱わんか。
雲隠れをしておいて・・・何があった。
Dの左手 クロロック教授、奴じゃ、奴め、貴族になりおったぞ。
190 なんだと!
Dの左手 ワシが投げ捨てた珠を探し出した奴は、まっすぐにここに来た。そして自らあの水槽に入り、実験を始めたのじゃ。それを見るうちにな、ワシは思い出したぞ。かつて都で見た資料をな。

1000年前じゃ、水中で生きる貴族が完成したことがあった。その資料によれば、生身の貴族ではどうにもならんが人間の体を使うことによって水中でも日中でも生きられるようになると。だが、もちいた人間の意思が強靭(きょうじん)だと互いに拮抗(きっこう)し体に二つの心が宿るらしいがな。あの珠はな、そうして生み出された水中貴族が一年に一度排出する老廃物じゃ。つまり、あの珠を分析することで、人間と貴族の遺伝子が解明でき、人間でありながら貴族に遺伝子改造することも可能。
クロロックはそれをやったのか!
Dの左手 おうよ。だが実験の途中で何が起こったか、水槽が爆発した。そして、クロロックは村へと歩いて行った。恐らく、奴は貴族になりきってはおらん。だが強い!そして・・・狂っておるぞ。
村に入るまでに倒さねばならぬ。
Dの左手 それにしてもわからぬのはあの貴族よなあ・・・。
マインスター男爵は水中で生きる実験をし、それをあの男が受け継いだ。だが実験は失敗し男爵の体は海に流された。
Dの左手 そして、3年前の夏から貴族が現れるようになった。
4年前一人の男が死んだ。その男の死体はスーインが海に投げ落とした。・・・もし偶然にも、その肉体とマインスターの亡骸が融合し、水中型の貴族を創り出したとしたら?
Dの左手 だからスーインを求めて現れる・・・か。・・・だが、どうするDよ。あの貴族を倒しても倒さなくても、スーインの心は・・・。
200 黙れ!
スーイン
(精神不安定)
(ラララで口歌)
思い出サモン スーイン!歌をおやめ!
スーイン
(精神不安定)
え?ウフフ、(ラララで口歌)
思い出サモン クッ!いっそ、あたしの操り人形にしてしまおうか!
修行者グレン その娘に手を出すな、俺は約束を忘れておらん。
思い出サモン まだ左様な。その体、治るにしても、この娘を利用せずに勝てる見込みがあるか?
修行者グレン 勝つ。
思い出サモン それでこそお前だ。
修行者グレン 全て済んだら・・・どこかで、二人で。
210 クロロック教授
(貴族)
ホホホホホホ。
思い出サモン 誰!?・・・いや、その声・・・聞き覚えがある・・・クロロック教授!

(語り)
言いながらサモンは自分の目を疑った。クロロック教授は老人と言われていたが、今眼前に立つ男は漆黒の髪を生やした精悍な中年であり、そして朱色の唇からは、2本の牙が覗いていた。
思い出サモン お前も・・・か。
クロロック教授
(貴族)
そう見えるか?だがお前たちの仲間ではないぞ。ワシに主はおらぬ、自分の力でこうなったのだからな。
修行者グレン なんの用だ?珠ならば・・・。
クロロック教授
(貴族)
珠はワシの中にある。ワシはな、熱い血の匂いにひかれて食事に来たのよ。
思い出サモン ホホホホホホ、おもしろい、我らの血を吸うというのか、渇れているのはこちらも同じ、お前こそ、今宵が最後の晩と知るがいい!
修行者グレン よせサモン!娘を連れて外に出ろ。
思い出サモン グレン!?しかし。
修行者グレン 俺もすぐに行く、出ろ。
220 思い出サモン ・・・わかった。スーイン、おいで!
スーイン
(精神不安定)
・・・どこに行くの?
修行者グレン 傷ついたとは言え、お前ごときに遅れはとらん。
クロロック教授
(貴族)
これが何かわかるか?ここにはお前の顔が描かれている。その剣が突くのはワシの心臓ではない お前自身だ、さあ、突くのだ。己の心臓を真っ直ぐに。
修行者グレン ウッ!クッ!駄目だ・・・刀が自由に動かん!
クロロック教授
(貴族)
さあ・・・突くのだ。ひとおもいに。
修行者グレン ぬうううっ!お前の術が勝つか・・・それとも。
クロロック教授
(貴族)
無駄な抵抗だ、突け!グレン!
修行者グレン ヌアアアッ!・・・D・・・。
クロロック教授
(貴族)
ふん、てこずらせおって。貴族のおすそ分けを受けたものの実力など所詮この程度のもの。
さてと、逃げた二人を追って・・・。
230 二人は俺が探す。お前の手はいらん。
クロロック教授
(貴族)
ディッ!Dか!?・・・どうしてここが?
ほう、左手が戻っておるな。なるほど、ワシの血の匂いを追って来たか。
Dの左手 ・・・グレンを殺りおった、こやつ。
クロロック教授 今あとを追わせてやる。どうやって死にたい?とびきり残酷な方法で殺してやるぞ、フッフッフッフッ、この似顔でなあ。・・・さあ、その刃を自分の首に当てよ、そしてゆっくりと力を込めるのじゃ、刀が首を斬り離すその時までな!
ウッ・・・クッ!
クロロック教授
(貴族)
・・・美しい・・・なんと美しい顔じゃ・・・だからして描くのに、あの地下牢から今までかかった。ワシの精魂を傾けた傑作。お前の魂はこの絵から逃げられぬ。さあ斬れ自分の首を!
ヌッ、クッ!ハアッ!
クロロック教授
(貴族)
グアアッ!

(語り)
クロロックが勝利を確信したその瞬間、俺の刃は向きを変え、真っ直ぐに奴の心臓へと突き刺さっていた。たちまち若かったクロロックの顔が、元の老人のものへと戻っていった。
クロロック教授 な・・・何故だ・・・何故我が術に掛からなかった・・・。
240 Dの左手 下手な絵じゃのお、お主の術、絵が雑なほど効果が薄れる。この程度の絵では掛かりようがあるまいて。
クロロック教授 ・・・そうか・・・やはりそのその美しさ・・・描きとることが・・・出来なかっ・・・た。

(語り)
クロロック教授の肉体は、倒れると同時に灰になって飛び散った。貴族と人間の境界線を越えた男の、それが最後の姿だった
Dの左手 やはり・・・失敗じゃったな。成功例は一つだけじゃ。
スーイン
(精神不安定)
いやああああああっ!
スーイン!

(語り)
一人逃げたか、海岸にサモンの姿はなく、今しも海に引き釣り込まれようとしているスーインだけが、その顔を恐怖に引きつらせていた。そしてスーインの手を硬く握り締めているのは、あの海から来る貴族であった。
スーイン やめて!いや!いやいやいや!あたしに触らないでえ!
海から来た貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
!女、正気を失っておるのか!
スーイン いや・・・いや!いやあ!誰か・・・。
マインスター男爵。
250 海から来た貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
・・・またお前か。この女貰って行くぞ!
・・・覚えているのか?この娘を。
海から来た貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
・・・わからん・・・私にはわからんのだ!この娘が誰なのか、何のために毎夏この娘を求めてここにやってくるのか。
・・・それでいい。さだめに従え!ツアアッ!
海から来た貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
ヌオオッ!
スーイン
(心の声)
・・・あたしは・・・あたしはあの人を知っている・・・。
ヌッ!
海から来た貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
やはり水中では動きが鈍るか!
スーイン
(心の声)
・・・あたしは・・・あの人を・・・殺した!
Dの左手 やはり水中の戦いでは奴に利がある。このままではまずいぞ!
なんとか、岸へ!
260 海から来た貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
忘れたか!私が水を操れることを!
水が!まとわりつく!
海から来た貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
さらばだハンター、次の夏はもう来ない、死ねえ!
Dの左手 いかん!やられる!
スーイン やめてえ!あなた!!
海から来た貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
!・・・スーイン。
Dの左手 今じゃ、D!奴の動きが止まった!
眠れ永遠に!!ドアアッ!
海から来た貴族
(緑は人間の人格)
(白は貴族の人格)
うああっ!うああああああっ!
はあっ、はあっ、はあっ、はあっ・・・。
Dの左手 ・・・風が・・・冷たさを取り戻し追った・・・ウエザーコントローラーにガタが来たのお。そして・・・恐らくはもう夏はこまい・・・いくか。
スーイン (すすり泣く声)
フローレンス村の村長 スーイン。
270 スーイン 村長・・・。
フローレンス村の村長 明日から学校だな、スーイン。
スーイン 村長あたし!
フローレンス村の村長 子供たちは何も知らん。ただ・・・授業が始まるのを待っている。・・・スーイン、君を待っている。
スーイン 子供たちが・・・。
フローレンス村の村長 夏は終わったが、私たちはこの村で生きていく。違うかね?スーイン。
スーイン ・・・はい。

(語り)
何か言いたげにスーインは振り向いた。だがそこには、昇り始めた朝日の光があるばかりで、スーインの目は誰もとらえることは出来なかった。
スーイン そう・・・行ってしまったのね。

(語り)
翌朝、俺はすでにフローレンスを離れ、南へ向かう峠道を走っていた。遠いフローレンスからかすかに聞こえる鐘の音が、心に暖かく響いた。
280 Dの左手 学校の、鐘じゃな。どした?
思い出サモン 待っていたよ、D。
サモン。
思い出サモン あんたでも、笑うことがあるんだね。学校の鐘の音が、そんなに嬉しかったのかい?いい笑顔だったよ。
・・・みんな・・・死んだね、D。みんな死んじまって、あんただけが生き残っている・・・そんなこと・・・ゆるせると思うかい!!
やるのか。
思い出サモン 愛おしいものの幻影と共に、死ぬがいいよ!D!

(語り)
サモンが両腕を突き出すと、俺の目の前に白いものが結晶し始めた。それはやがて一人の人間の姿となってサモンと重なった。黒い髪、きれ長の目をそっと伏せた白いドレスの貴婦人が、そこにいた。俺にとって、最も懐かしいその人が。
思い出サモン 出たようだね・・・!美しい女・・・そうか!お前の!・・・さあ、D、お死に!自らの剣で自らをお刺し!
・・・ハッ!
思い出サモン ハアアアッ!・・・こんな、こんなはずはない・・・お前にとって・・・あたしは・・・あの女そのものに見えたはず・・・、では・・・では・・・あいつは・・・自分の・・・さえも・・・。
あたしも・・・やっと・・・。
290 Dの左手 やすらかな顔をして死んでおるぞ、この女。
しかし、思い出は人間しか持たぬ、それすらも平気で斬り捨てるとは、お主、つくづく業の深い男よ。

・・・次は・・・どこへゆく?

(語り)
降り出した雪がサモンの姿をたちまち白く隠していた。ひと夏に流れた血潮もまた、雪が隠してくれただろうか。俺は一度も振り向かないまま馬を進めた。重い灰色の雲が垂れ込めた道へと。遠くなる北の村から、また鐘が聞こえ始めていた。夏を惜しみ、送るように。今も時よりあの夏のことを思い出す。まだ、雪は白いだろうか・・・たった一つ、それだけが、気がかりだ。