吸血鬼ハンターD 北海魔行U - やがて夏 -
目の前で息絶えた少女の依頼を受けて、Dは北の村フローレンスにあった。
謎の「珠」を少女の姉スーインのもとに届けるため。しかし「珠」を追うギリガン4人組、
さらにクロロック教授、そしてDを宿敵と狙う修行者グレンもまた、村にやってきた。
村に遺された「海から来る貴族」の伝説と秘密の「珠」には、いかなる関係があるのか。
北海の漁村に短くも血なまぐさい「夏」が訪れようとしていた・・・。
1
(語り)
たった一週間しか、夏の来ない村がある。暗い冬の中で貴族の影が生み出した悪夢に怯えながらも、それでも村から離れることの出来ない人々がいる・・・いや・・・いた。
Dの左手 今、この村を立ち去れば、忘れねばならぬことが一つ減るかもしれんぞ、Dよ。

(語り)
奴はそう言った。それを裏付けるように、永遠に忘れられぬ少女と村の記憶が俺の中に残った。冬の海に閉ざされた村で繰り返された悪夢は、夏と共に消えた。そして永遠に、村に夏はこなくなった。4人の刺客、謎めいた学者、かげりを帯びた修行者、海から来るという貴族、そしてバンパイアハンター。全てが終わった時、誰も村に残っていなかった。悲しみだけが冬の匂いと共にそこにあり、そして、始まりは一つの珠だった。
Dの左手
(普通に言います)
菊地秀行原作、バンパイアハンターシリーズD 北海魔行。第二話、【やがて、夏】
フローレンス村の村長 止まれ!
Dの左手 ハッ、何様のつもりじゃ、止まることなどないぞ。
俺に用か?
フローレンス村の村長 あんたがスーインが雇ったというバンパイアハンターだな。私はこのフローレンス村の村長だ。夜明け前からお出かけとはご苦労だったな。村長としてはどこに行っていたか教えてもらいたいところだが。
Dの左手 カッ!あからさまに疑っておるわ。
10 村はずれの資料館を訪ねていた。海から来る貴族の正体を知りに。
フローレンス村の村長 あそこか・・・あそこの婆さんにも困ったもんだ、忌まわしい貴族の遺品をいつまでも。で、何かわかったかね?
かつてこの地方を支配していたマインスター男爵の肖像画を見た。確かに海から来る貴族とは別人のようだ。また、マインスターの一族が遺伝子改造で生み出した怪物たちの標本も見たが、貴族が海中に住むに足りる研究ではない。
フローレンス村の村長 そんなことは当に分かっている。夏になると決まってやってくる、奴はマインスターの怨念が生んだ怪物だ。
・・・本当にそう思っているのか?
フローレンス村の村長 なんだと?
資料館の老婆は海から来る貴族の顔に、ある男の面影を見たという。
フローレンス村の村長 そんなこと・・・。
ある男とは今から3年前・・・。
フローレンス村の村長 やめろ!・・・夏が近い、夏は祭りの季節なんだ、そっとしておいてくれないか?
20 ほおっておけば今年も犠牲者が出る。
フローレンス村の村長 だが・・・とにかくさっきの話、けっしてスーインにしてくれるな、あれは良い娘だ。
Dの左手 そうだのお。
フローレンス村の村長 ?なんだって?・・・ところで、スーインは一緒じゃなかったのか?
なに!?
フローレンス村の村長 家には誰もいなかったようだが、漁にしちゃあ船はあるし。!お!おいっ!・・・行っちまった・・・どうなってんだ?

(語り)
駆けつけて調べたが、スーインの家に侵入者の痕跡を見つけることは出来なかった。スーインは自分の意思で家を出たのだ。彼女を誘い出したもの、それは、彼女の最も大切なものに違いなかった。
Dの左手 いかんな、敵は珠を持ってると思い襲ってくるぞ。
スーイン!
国王エグベルト 娘も心配だろうが、ちょっと俺に付き合ってもらおうか。
30
(語り)
スーインを求めて馬を走らせようとした俺に、不意に声が掛けられた。声の主は髭面の巨漢、どこかユーモラスな顔をしていた。
ギリガンに雇われた4人のうちの一人か?
国王エグベルト 残りは3人になってしまったが、お初にお目に掛かる、俺はキングエグベルト。用件はただ一つ、珠だ!うぬおおおっ!
武器はその鉄棒だけか?
国王エグベルト なるほど、やるか!やはり珠は娘ではなく、お主が持っているとの読みは、外れてなかったな。
どうかな、たとえ持っていても珠はわたせん。
国王エグベルト 惜しい、まっ、いたし方あるまい。そこの浜辺までお付き合い願おう。

ここらでよかろう。
Dの左手 気をつけろ、どうも妙だ。奴の足元の砂浜を見ろ、奴を囲むように楕円が描かれている。

(語り)
楕円の中には木切れや石、それに溝が描かれている、だが、それが何を意味するのか。
国王エグベルト 可笑しいかな?ここが俺の王国でな、これ以上大きくすると統べるのに時間がかかるのでな。さて、バンパイアハンター、このエグベルトが王国に足を踏み入れる勇気はあるか?
40 Dの左手 こら!人の言うことを聞いておらなんだか!
国王エグベルト 無造作に線を越えたか。ところで、俺が勝ったら珠は貰えるわけだが、どこを探せばいい?
この左手を斬るなり突くなり好きにすればいい。
Dの左手 なんじゃと!
国王エグベルト んん?・・・まあいい、ではいくか!
・・・どうした?
国王エグベルト フッ、フフハハハ、これがバンパイアハンターDか。向き合っただけで、その恐るべき腕の冴え、ひしひしと伝わってくる。
行くぞ。ハッ!
国王エグベルト ぬおお!
Dの左手 なんだこの樹木は!どこから現れた!
50
(語り)
その時、確かにエグベルトを斬ったと思った。だが、剣は別のものを斬っていた・・・大木。突如砂浜から木が生えた。そして木は一本では無かった。次々と、まるでエグベルトを守るように砂浜に生えだした。
国王エグベルト フッフッフッフッハッハッハッハッ。
エグベルト、これは一体。・・・アッ!ウッ!
Dの左手 D!どうした!
国王エグベルト だあああっ!・・・どうしたバンパイアハンター。この程度の打ち込みをかわすのにも精一杯か?
Dの左手 D!
剣が、お、重い!体が言うことを聞かん!体が鉛の、ようだ!
Dの左手 まさか、重力異常か!
国王エグベルト もらったぞ!D!だあああっ!
Dの左手 でいやさあ!
国王エグベルト ぐおおっ!・・・む、無謀な・・・俺の鉄棒を素手の左手で受け止め、右手の剣でこの胸を貫くとは・・・グフッ、だがまだだ!その折れた左手で追ってくるか!?俺の海へ!
60 Dの左手 奴の周りに海が!海が出来おった。ご丁寧に波まであるぞ。
波の中から何かが出てくる!
Dの左手 人間か?まさか砂浜の下に潜んでいたのではあるまい。
国王エグベルト 見るがいい、俺の衛兵だ。この王国では林が海が、重力が俺を守ってくれる。やれい!

フフハハハハッ!いつまでそうやって かわしていられるかなDよ。万一そ奴等が全て倒されたとしても、必要とあらば山でも川でもここに現れる。バンパイアでもな!そ奴等が泥人形から人間の姿をとったようにだ。
Dの左手 そうか、わかった!この砂に描いた線の内側が奴の王国。妖術を施されたこの一画では全ての物質は奴の支配下にある。奴の指示一つで木切れは林に、重力さえ自由に。
一働きしてもらうことになるか。
Dの左手 カッ!
国王エグベルト 左手は使えん!左から掛かれえ!
Dの左手 左手が使えぬう?舐めるなあ!!
国王エグベルト ば、馬鹿な!全てが吸われていく!俺の王国の砂が!海が!奴の左手の中に吸い込まれていく!一体、奴の左手は!?
70 お前の王国は全て消えうせた。
国王エグベルト そのようだ・・・。
お前は殺さん、仲間に伝えろ、珠は俺の懐にある。欲しければ俺を狙え。
国王エグベルト ありがたい、この屈辱、今は甘んじて受けよう。次にお主と合間見えんが為。

言い忘れた、娘は裏山の山寺あたりだ!じゃあな!
Dの左手 ハッ、逃げ足だけはいっちょ前か。
行くぞ。
スーイン 待ってよウーリン、一体どこまで行くの?
ウーリン
(サモンの術)
もう少しよ姉さん。

(語り)
誰もが抗うことが出来ないもの、それは愛しき使者。朝もやが深いこの日、スーインを導いたのは、俺の前で息絶えたはずのウーリンに他ならなかった。スーインの目にしか見えないウーリンが、スーインを誘い出したのだ。やがて、行く手に一人の女が立った。
思い出サモン フフフフフフ、相手の心から最も愛するものの幻影を導き出す、この思い出サモンにかかっちゃ、小娘一人造作も無いことだったわねえ。
80 スーイン どうしたのウーリン、ここはどこ?
思い出サモン ウーリン・・・だって?妙だね・・・あたしがこの女の心から呼び出した相手は男の幻影だったはずだ・・・この女、なぜ妹の名を。
スーイン ウーリン?
思い出サモン あたしの術に掛かって嘘をつけるはずはない・・・大丈夫
ウーリン
(サモンの術)
大丈夫よ姉さん。
スーイン あぁ、やっぱりウーリン。嬉しいわ。
ウーリン
(サモンの術)
ねえ、教えて姉さん。珠はどこにあるの?
スーイン Dに預けたわ。
思い出サモン やっかいな!・・・まあいい、奴の中にも抗いがたい何者かが潜んでいよう、それを導きだせば・・・勝てる!
まだ聞くことがあったね。
ウーリン
(サモンの術)
姉さん、あの珠の正体は何?
スーイン あ、ああ・・・。
90 思い出サモン 答えよ!女!
スーイン !誰?そこに居るのは。ウーリン?・・・はっ!違う!あなたは!?
思い出サモン 馬鹿な!?我が術から逃れるとは!・・・違う、やはり妹では無い。別の誰かが心の中に潜んで・・・。
スーイン 近寄らないで!あたしは戦闘士から格闘技をレクチャーされている。下手に手を出しゃ投げ殺すよ。
思い出サモン くううっ!ん?何だ?誰かいる。
クロロック教授 去りたまえ、その娘は君に相応しくない、去りたまえ、私の声を聞くのだ。
思い出サモン なんだ、この声は。こんな声に、あ、あたしが。
スーイン な、何よ、急にどうしたって。
思い出サモン やはりこの声はあたしにだけ。
クロロック教授 去りたまえ、そしてどこぞの崖から身を投げて美しく死ぬがいい。深ーく、青い海の底こそが君の墓に相応しい。
100 思い出サモン そう・・・あたしには・・・それが相応しい・・・。
クロロック教授 行きなさい。
思い出サモン ええ・・・。
スーイン どうなっちゃってるの?一人でぶつぶつ言ってたと思ったら、行っちゃった・・・戻らなきゃ。
!何!・・・何かいる。
クロロック教授 そのまま!そのままにしていなさい・・・動かないで。なんの心配もいらない、私はあなたの・・・さあ、よく聞くのです。珠は、あの珠は誰が持っていますか?
スーイン ・・・Dよ・・・。
クロロック教授 それは聞いていました。しかしよく考えてごらんなさい。あれはどこの馬の骨とも知れぬ流れ者のダンピール、貴族の仲間ですよ?そんな男に大切なものを預けて・・・。
スーイン あの人は・・・そんな人じゃない。
クロロック教授 ほう、これは強い思い入れだ。だが私の説得はその思い入れを次第次第にほぐしていくでしょう。よろしいか?よく聞くのです。
チッ。
スーイン!
110 スーイン D!
D聞いて、ウーリンが現れたの。でもそれは怖い女の変身で、それに変な声が。
話は後だ、今はここを離れよう。
スーイン そうね・・・行きましょう。
クロロック教授 フフフフフ、ワシの気配に気付かなんだか。村へ来て二日、やっと会えたわ。

(語り)
藪(やぶ)の中に一人の老人が座っていた。その手には恐らく、サモンとスーインの顔が描かれた薄皮が握られていただろう、自らの血で描いた似顔に語りかけると、そのモデルは言うことを聞くことになる。クロロック教授と名乗るこの男の妖術を、やがて俺は身を持って知ることになる。
クロロック教授 フフフ、今の女の絵は少し手を加える必要があるか。そしてDよ、ダンピールの血はワシの説得にどこまで絶えられるかな?フフフフフ、ギリガンの拷問室で会って依頼、何度か書き直したこの似顔、闇が結晶したようなその美貌にはとても追いつくまいがな。完成させればいつか役立つことじゃろう・・・Dよ。

(語り)
クロロックが持つ3枚目の薄皮の存在を俺は知るよしもなく、そして、思い出サモンと名乗った女のその後も不明だった。サモンがクロロックに操られて断崖絶壁に向かい、それが奇怪な出会いを演出するとは・・・。
思い出サモン この海の底が・・・あたしに相応しい・・・。
修行者グレン やめろ。
思い出サモン 離して・・・あたしはあの海へ・・・。
120 修行者グレン 死なすには惜しい美形、見逃すことは出来んな。
思い出サモン 離して・・・離して・・・あたしは死ぬの・・・あの海深くで・・・美しく・・・。
修行者グレン なるほど、意識を奪われているな、では、荒療治しかあるまい。フンッ!思った通り見事な体、俺をたっぷりと受け入れれば意識も戻ろうというもの。ほう、なんと柔らかい肌、匂いも違う。ただの女ではないな。
思い出サモン ああ・・・。
修行者グレン ほう、気付いたか、やはり女よな。
思い出サモン あ・・・あああ・・・ハッ!貴様は!?
修行者グレン 動くな、お前を死の淵から救ってやっているのだ。
思い出サモン や、やめて・・・やめろ!
修行者グレン 俺の名はグレン、修行者だ。ただし、少々生臭なな。
思い出サモン こ、このあたしの体を、お前などに自由にはさせぬ!
130 修行者グレン でも体は快楽を求めている。
思い出サモン ああ!あ・・・あ・・・あ・・・。
修行者グレン これが、死の誘惑を忘れさせてくれるぞ、フッフッフッ。
思い出サモン やめ!その手を離せえ!あ・・・あ・・・あ・・・そこは!あたしを・・・あたしをお!
漁に出られずすまん。
スーイン いいわよ、今朝はあたしが助けられたんだし。だけどそうしたの?急にマインスターの城に行きたいから船を出してくれだなんて。
例の貴族の正体、それに珠についても分かるやもしれん。
Dの左手 知らねばならぬこともあるしな。
スーイン え?
この辺りは魚が多いようだな。
140 スーイン ええ。・・・多いけど誰も来ないわ。言ったでしょ、マインスター男爵とその仲間が遺伝子改造で創った怪物たち。それがこの辺にはウヨウヨしてる。特に夏が近づくとね。
敵を全て倒しても危険は変わらない、あの珠を手放すつもりは無いのか?
スーイン あたしを弱虫にしたい?今度そんなこと言ってごらんなさい、往復ビンタを食らわしてやるから!
Dの左手 ハーハハハ、ムグッ!(Dから口を押さえられます)
スーイン D?
いや・・・。
スーイン ところで、ダンピールって泳げるの?
どう思う?
スーイン そんなことわかるわけ無いじゃない。噂では貴族の血が濃ければ濃い程カナヅチに近いそうだけど、なんだかあんたは例外みたいな気がするんだ。
あれか?
150 スーイン うん、見えてきたわね、そう、あの崖に延々と広がる深い森、その中に点在する白亜の建物、あれがマインスター男爵とその一族の城よ。敷地はのべ50万坪、住んでいた貴族の数はざっと1万人だと、都から来た学者が言っていたわ。夏はボートや潜水艇で水遊び、見て、あそこに転がっている無数のソーラーボートを。あたしたちが逆立ちしたっておんなじものは作れやしないわ。
どうしたのD?そんなに熱心に海を覗きこんで。!まさか何かいたの?
いや、心配するようなものではない。
スーイン ほんとに?変なのがいたら教えてよ。こんな船怪物に会っちゃひとたまりも無いんだから。
わかった、船はすぐ出せるように波止場の手前につけてくれ。
スーイン 当然。
どう思う?
Dの左手 妙じゃな、殺意が無い、いや、むしろ・・・。
ああ、・・・海の中に気配があった。それはあの貴族のようにも思え、違うようにも感じられる。その気配の中で2つの意識がせめぎあっている。飢えて血を求める凶暴な意識と、一人の少女を愛おしいと思う意識。だがそのどちらも、今はもうこの世には無いそれだった。

(語り)
波止場からいくつもの建物を通り過ぎた。どの建物も朽ち果てたとはいえ、かつての一族の権勢を感じさせるに相応しいものばかりだった。先に立ったスーインは迷い無く歩み続けた。
スーイン どうしたのこっちよ。
160 マインスターの居城は遠いのか?
スーイン この階段をのぼりきったら、あとは30分ぐらい。近づけばすぐにわかるわ。こんな他の貴族の別荘とは比べ物にならない大きさなんだから。
大分来慣れてるようだな。
スーイン え?・・・どうしてかしらね・・・子供の頃、ちょっと好きだったのよ。
Dの左手 ほおう。
スーイン だって、貴族が残したものは、あまりにも美しい。貴族の伝説を知らない子供時代、ただ美しいというだけで惹かれることがある。それはいけないことなのかしら。
来たのは子供の頃だけか?
スーイン ・・・そうだと思うけど。いいえ!絶対にそうよ!・・・不思議ね、この階段いくらのぼっても疲れないでしょ。
重力制御装置が働いているせいだ。
スーイン だって千年も前・・・凄いことするのね貴族って。・・・時々わからなくなる。こんな凄い文明を持っていた人たちが、どうしてあたしたちの血を吸わなければいけなかったのか。そうじゃないのは分かってるけど、あたし時々何かの間違いじゃないかって
170 だが・・・。
スーイン ええ、分かってる。けれど思うの。彼等が築いた全てのものは、いつかあたしたちが成し遂げるものと同じじゃないかって。人間と貴族は少し違うだけの同じ生き物で、いつかあたしたちは少し進んでしまった彼等に追いついて。ねえD、いつかなるわよね、あたしの代じゃ駄目かもしれないけど、そうだなあ、曾孫の頃、きっと貴族と肩を並べられる。
そうか。
スーイン D、D今!
なんだ?
スーイン ううん・・・まさか・・・今笑ったなんて・・・無いよね。

(語り)
かつては整った庭園であったろう、もはや密林となったそこを抜けると、マインスターの城があった。扉を開け、通路を抜けると不意に視界が開ける。そこは華麗なホールであった。壁には絵画と彫刻が、弾く主を失ったピアノが、時代の面影を刻んでいた。
スーイン D・・・聞こえた・・・そして・・・見た。
何を見た?
スーイン 青い芝生、夏の香り、白いドレスを着た女の人と黒いマントの男の人が、軽やかにステップを刻んでいたわ。白いテラスで歌姫が歌っていた。昼とはどんなものだろう、夜の言葉で、そう語り合う人たち。
スーイン、たしかに、かつてこの城はそんな栄華を誇ったろう、だがそれは過去だ、君の見た幻にすぎない。
180 スーイン この城は、あたしに似ている。
スーイン。
スーイン 過ぎ去った人たち、過ぎ去った日々だけを思い出して、あたしもこれから死んだウーリンやお爺ちゃんや・・・昔だけを見て生きていくことになるわ。
だが・・・明日は来る。
スーイン そう。
・・・・ねえD、どうしてこんな美しく生きることが出来る貴族が、別荘の色を塗り替えるために人の生き血を絞り、魚を呼び寄せるために千人の首を斬って海に投じなければならなかったの?・・・どうして滅びなければならなかったの?
答えを出すのは俺では無い。
スーイン 待ってよD!どこへ!?
地下に研究室があるはずだ、ここで待っていろ!
スーイン ここまで来てただの案内役なんていやよ。あたしも行く!
だが地下室は無く、城の内部は地滑りにでもあったようにポッカリと大空洞を開けているだけだった。何者かの意思と力が城の内部を地下室ごと えぐり取ったのだ。外部に傷一つ付けず、巨大な城郭の内部を破壊出来る人物・・・俺はたった一人だけ、そんな男を知っている。
スーイン あの伝説の男がやったのね。
190 ああ。
スーイン 黒いマントの男・・・とだけ伝説は告げているわ。たった一人でマインスターの一族を滅ぼし、逆らった男爵と戦い海に追放した。そして城の内部をこうして完全に破壊した。一体何者だったの?
・・・降りてみるぞ。
スーイン だって降りるって何百メートルあるかわからないわよ?
しっかりつかまれ。
スーイン まさか飛び降りるつもりじゃないでしょうね!
舌を噛むぞ!
スーイン ちょっと待って!D!きゃあああぁっ!
スーイン もう、ほんとにビックリしたんだから、あんな高さから飛び降りてなんで平然としてられるわけ?
この奥に何かあるようだ。
200 スーイン ・・・機械・・・何かの実験室ね、マイスターのものが残っていたの?
ここは海の底だ、人間が到達できる場所では無い。
Dの左手 地下2000メートルという所か。
スーイン マインスターが生きていた・・・それとも、誰かがマインスターを倒し、全てを破壊したように見せかけて、実はひっそりとここで研究を続けていた。黒マントの男が?けれど、ここで一体なんの実験を・・・。
わからん。
スーイン D!この水槽は何!おびただしい数の獣の屍骸、切断された人体、もっとおぞましい怪物の屍骸もあるわ。この実験室の主はここで何を生み出そうとしていたの?答えてよD!
わからん。
スーイン いやあああっ!
Dの左手 どうした?
210
(語り)
スーインは泣いていた。まるで童女のように。男勝りのこの娘が見せた始めての無防備の姿だった。彼女の前には一個の水槽があり、中には全裸の若者、もちろん命はとうに尽きている。明らかな生体解剖の跡が体のあちこちに開いていた。
スーイン い、いや、いや、あ、う。
知った男か?
スーイン 落ちたのよ・・・岬から・・・刺されて・・・胸を!

(語り)
男の胸に傷は無い。スーインは別の男のことを語っていた。俺の耳を、資料館の老婆から聞いた噂話がよぎった。スーインの中にある男のイメージが眠っている。そしてそれは、時に忘却のふちから蘇ってくる。だが、してやれることは何もなかった。
スーイン 違う・・・この人じゃない。
そうだ、これはその男では無い。
スーイン D!、あたし今なにか言った?分からない!誰なの!?あたしは誰の話をしているの!?
思い出す必要は無い!・・・戻ろう。
スーイン ・・・はい。

(語り)
スーインは2度と青年のことを口にはしなかった。自分の記憶の片隅に、男が潜んでいるとは思ってもいない様子で。出来ることなら記憶は永遠に閉じているべきだったのだ。船が港に戻ったのは昼過ぎ。そこに、以外な待ち人が二組あった。一組はスーインを慕う子供たち。子供たちはスーインを先生と慕い、無垢な笑顔を浮かべていた。
220 スーイン あたし夏の間だけ、学校をやってるの。ここの子供たちはなんでも知りたがるわ、灰色の海と一週間の夏以外のことを。
そうか。
スーイン わかってる、このままじゃ子供たちを巻き込んでしまう。だけど例え夏が終わっても、学校は開いてみせる。今年からは校舎も出来たのよ。明日はその落成式なの。D、あなたも出てくれる?
スーイン、先に戻っていろ。
スーイン え?
今度は俺に待ち人だ。
修行者グレン やはり気づいていたか。
スーイン あなたはグレン!
修行者グレン お前には用は無い。D、場所を変えるぞ。
よかろう。
スーイン D!
230 修行者グレン フフフフフフ、堪らぬな!理由も何も必要無くすでに戦う気になっている。そうだ、お前はそういう男だDよ。
スーイン あなたも珠を!?
修行者グレン 俺は珠などに興味は無いしお前の周りに付きまとう相手とも無縁だ。
さあ、ついてこい。
スーイン 何故なのD?珠を狙ってもいない、貴族でもない、ただ自分に挑んできただけの相手と、何故戦うの?
傀儡のシン ヒヒヒヒハハ、これはいい所に行き当たった。どいつもこいつも不甲斐ない連中で困っておったが、うまく奴がDを倒せば、いや、いっそDが奴に気を取られた隙に・・・。
思い出サモン 不甲斐なくてすまなかったな、傀儡のシン。
傀儡のシン な、なんだサモン、ナイフなど突きつけてなんのつもりだ?
思い出サモン シン、グレンがDを倒したら、珠は好きにするがいいさ。だが、グレンとDの対決、邪魔をしたら承知しないよ。
傀儡のシン あのグレンとかいう若造に頼まれたか、ここしばらく姿を見せぬと思っていたが、あんな男とよろしくやっていたとはな。
思い出サモン お黙り!あたしはただアイツがあの いまいましいバンパイアハンターを倒す所を見たいだけさ。
傀儡のシン フフフ、まあいいさ。では見に行くとしようか、お前の男がDを倒すその決定的瞬間をな。
240 修行者グレン さすが・・・俺を怯えさせたただ一人の男・・・だがこれからだ。
Dの左手 気をつけろD、奴はおかしな技を持っているぞ。
修行者グレン 剣技にしてはおかしな名前だが、俺は気に入っている・・・ローレライだ。
なんだ、あの無防備なかまえは?斬ってこいと言わんばかり。
Dの左手 この口笛は・・・。
おかしい、剣が、奴のとった動きと同じに動く!
Dの左手 そうか、ローレライ!
傀儡のシン 船で見た時はよもやと思ったが恐ろしい剣。
思い出サモン どういうこと?Dはまるっきりグレンの真似をしている、鏡のように。
傀儡のシン 催眠だ。あの口笛と剣の光りが催眠状態を作る、相手は親に従う子のように、師をまねる弟子のように同じ動作を取らされるのだ。グレンが上段に構えれば上段、下段をとれば下段。
思い出サモン だけど、それじゃよくて相打ち。
250 傀儡のシン 違う、Dはあくまでもグレンの動きを真似ているのだ。つまり、つねにグレンよりもワンテンポ遅れることになる。Dは勝てぬ、普通であれば。
思い出サモン どういう意味?
傀儡のシン 果たしてDは、普通の剣客であろうかな。
修行者グレン 俺を怯えさせた、俺よりも美しい男。それももはや消える。
フンッ!
フンッ!
思い出サモン やった!Dが!
傀儡のシン いや!やはり。
ヌッ!
修行者グレン ば・・・馬鹿な・・信じられん・・・ヌオッ!
思い出サモン Dが傷を受けたのは分かる、だが何故グレンまで!?
傀儡のシン 確かにDはグレンよりワンテンポ遅れて刀を振るっていた。しかしDの剣の速度がグレンのそれを上回っていたとしたら、結果としてDとグレンは相打ち。いや、倒れた所を見るとグレンのほうが深手と見えるな。
思い出サモン グレン!
260 お前の、連れか?
修行者グレン くだらぬ女だ。D!ここは俺の負けだ。だが、今一度まみえることがあろう。
思い出サモン あ!グレン!
俺はかまわぬ、女と二人がかりでも。
修行者グレン D・・・恐ろしい男、ウッ!・・・また会おう。
思い出サモン 待って!グレン!どこへ行く!
Dの左手 恐ろしい男、まさしくな。
また・・・来るな。
Dの左手 そして、今度こそ殺すよりあるまい。お前を敵と定めた者の、それが宿命というものよ。
270 クロロック教授 へへへへへ、出来たぞ。この絵であれば、あのバンパイアハンターも説得できよう。あの女幻術師といい、おかしな奴らが珠に群がっているようだが、所詮は無知無舞な蛮人どもよ、人は殺せても化学記号一つ読めん。あの珠の真の意味を理解し、利用できるのはもはやワシ一人。
傀儡のシン では、二人にしてもらおうか。
クロロック教授 誰だ!
傀儡のシン 動かないほうがいい、クロロック教授。あんたの技は風の噂に聞いている。もしも振り向いてワシの顔を見ようとすれば、あんたの首筋に押し付けたこいつが食いつくことになる。虫の形をした傀儡だが、特製の毒を仕込んである。
クロロック教授 そうか、あんた傀儡のシンだね。まさかあんたも絡んでいたとは。
傀儡のシン 動くな!雇い主が死んでしまってね。ちょっとばかりあてが外れたが、丁度あんたがこの宿に入るのを見かけたってわけさ。
クロロック教授 ・・・分かったよ。知りたいのは珠の秘密か?だがな、あの珠を手に入れたところで、あんたには何も出来ん、言わばあれは源に過ぎない。私の知恵が無ければ何の役にも立ちはしないよ。
傀儡のシン まずは話せ。価値があると知れれば、手を組んでやってもいい。
クロロック教授 ほお、いいのかい?あんたには仲間がいるはずだが。
傀儡のシン すでに一人は死に、一人は重傷、最後の一人は男に熱をあげてる始末だ。
280 クロロック教授 光栄だね、そいつらよりは有能と思って貰えたか。
傀儡のシン さあ言え、あの珠の秘密とはなんだ。
クロロック教授 耳を貸せ・・・。
傀儡のシン ・・・ば、馬鹿な!あの珠がそれだというのか!
クロロック教授 まったく呆れた連中だ。こんなことも知らないで命のやり取りをしているのか
傀儡のシン そ、それが本当ならばお前は殺せん。だが、お前は永遠にワシの奴隷となるのだ。今お前の首筋に先程の傀儡を貼り付けた。ワシがよしというまで決して離れることは無い。・・・いいか、決して裏切ろうなどと思うなよ。
クロロック教授 まあよかろう、しばし共に夢を見るか、貴族の夢をな。
思い出サモン 傷は、どうだ?
修行者グレン この程度の手当てで恩を売ったつもりか、何故仲間の元に戻らん。・・・俺を愛したか?
思い出サモン だれが!体を奪った者を。あたしはお前の死に様を見たいだけさ。貴様こそ、これで終わりにするのか?フフッ、それがよい、相手はバンパイアハンターD、辺境に隠れもなき剣の名士、所詮、一介の修行者のおよぶところではなかったのよ。
290 修行者グレン ・・・一つだけある、奴と対等に戦う方法が。村で聞いた噂がそれを教えてくれた。
思い出サモン !グレン!お前まさか!
修行者グレン そうだ!俺は・・・俺は貴族になる!・・・貴族に血を吸われその しもべとなれば、俺は貴族と同じ力を手にいれることになる。吸ったものの命令通りに動き人間の血を求めてさまよう悪魔となる。だがそれがどうした!俺は欲しいのだ、Dを殺すための力が!・・・これ以上の力が他にあろうか・・・フフフフフ、ハハハハハハハ!
思い出サモン グレン・・・。
修行者グレン 行けサモン!そして探すのだ。海から来るという貴族のねぐらを。そして俺をそこに連れて行くのだ!・・・フッ、嫌か?嫌ならいっそ俺をこの断崖絶壁から突き落とすがいい!Dに勝てぬのなら、もはや命に未練などあるか!
思い出サモン ・・・喜んで従おう、このお前の美しい咽へ、貴族の牙が食い込むその日まで。まだ、恩も返していないからな、では。
修行者グレン 行け、行くのだサモン。フフフフ、ハハハハハ!
思い出サモン いいともグレン、だがお前だけを呪わしい吸血鬼などにさせん、地獄に堕ちるなら共に・・・それが、この思い出サモンの、恋と知れ。
修行者グレン ・・・もういいだろう、サモンも去った。出てくればいい。
大分前からその岩陰に潜んでいたな、サモンの知り合いか?
国王エグベルト すぐに村を出ればよし、さもなければ俺は、キングエグベルトの名の下に、侵入者を討つ。
300 修行者グレン 誤解するな、あの女と俺は無関係だ。
国王エグベルト 同じ仲間が、むざむざたかが一人の男に利用されるのが堪らぬとしたら!?
修行者グレン そうか、ギリガンの所にも少しはましな人間もいたか。だが、あれは惚れるに値する女ではない。
国王エグベルト ほざけえ!うおおおっ!
修行者グレン 利き腕を怪我した男などに・・・!なんだ!体が自由に動かん!
国王エグベルト この崖一体は、すでに俺の王国!5倍の重力の下では、いかに剣士といえど、俺の餌食よおお!はああっ!
修行者グレン ぐおおぉぉぉ!
国王エグベルト この高さから落ちれば、助かるまい。・・・フフ、サモンよ、お前は俺の心を知るまい。知ったとしても、受け付けはすまい。・・・それでよい・・・だが!お前は俺のもの!俺のものだあ!ハハハハハハハ!

(語り)
翌朝、スーインは学校の落成式に出席した。式が終わり次第、山の中の隠れ家に潜む約束で、全てが終わるまで。その前に子供たちに会っておきたいというスーインの懇願を、俺は断れなかった。
フローレンス村の村長 やあ、校舎の中で待っていたらどうかね?
Dの左手 なんだあ?村長、今日はやけに機嫌がいいのお。
310 校庭で十分だ。
フローレンス村の村長 スーインから聞いた。身を隠すよう言ってくれたそうだな。あの娘がどんな厄介に巻き込まれたか知らん、あだが夏の間そうしたほうがよかろう、あの貴族は夏の間にしか現れないのだからな。
あんたは、見かけよりも心根が優しい男のようだな。スーインにあのことは言わないでくれたようだし・・・変な男だと思わないで欲しいのだが、あんた、漁師になるつもりはないのか?
なっ!?
Dの左手 おほははは。
フローレンス村の村長 いや、あんたが今までどんな暮らしをしてきたか知らぬが、ここよりマシとは言えまい。いっそ、腰を落ち着けてスーインと一緒に・・・どうかね?私はあの娘が心配で。
・・・いいのか?
フローレンス村の村長 ん?
俺はダンピールだ
フローレンス村の村長 いや・・・それは・・・。
それに、俺は人を探している。
フローレンス村の村長 女?では無いな、そんなタイプではない。ま、考えてみてくれ。
320 Dの左手 馬鹿なことを。
漁師のボスか・・・それもいいかもしれん。
Dの左手 ちょ、ちょっと待て、お前、まさか。
フッ、フフフフフ。
Dの左手 安心したぞ、ここでやめられてはかなわん、お前の行く所はつねに死の影の谷でなくてはいかん、旅はまだ続くのだ。
風が・・・。
Dの左手 なんだこの風は?妙に温かいな。
夏だ・・・これは夏の到来を告げる風だ。
Dの左手 そうか。一週間の夏か。

(語り)
空気が厳しさを欠き、水に温もりが戻った。狂ったウエザーコントローラーが、北の海に夏を命じたのだ。そして異形のものの訪れを。今年の夏はいつもとは違う。そう、だがその違いは、あまりにも悲劇的な形で現れることになったのだ。しかし今はまだ、夏は始まったばかりにすぎない・・・一週間だけの・・・夏が。