吸血鬼ハンターD 風たちてD
辺境のその村では、かつて子供たちが謎の丘に姿を消すという事件があった。
奇跡的に生還した少女リナはいま、特待生として「都」へ上る夢に胸を膨らませていた。
そして闇の呪縛から開放され白昼堂々と村を脅かす吸血鬼の存在。
村に雇われた吸血鬼ハンター"D"は少女の夢を叶えてやることができるのか。
01 ナレーション 西暦10290年。光は、闇を駆逐しようとしていた。最終戦争後、人類の頭上に君臨した貴族と呼ばれる吸血鬼は原因不明の種的衰退を迎え、黄昏の彼方へ没しつつあった。衰退の一途にあるとはいえ、人の血を吸って生きる貴族の存在はいまだに辺境の人々を恐怖の闇に閉じ込めていた。そして、彼らの蹂躙(じゅうりん)に身を任せるしかない人々の苦渋は、吸血鬼抹殺のプロフェッショナル、ハンターの誕生をうながし、中でも貴族と人間の混血児、ダンピールは理想の吸血鬼ハンターとされた。そしていつしか、一際美しいある若者の名が、人々の口の端に上るようになった・・・
Dの左手 原作、菊池秀行。吸血鬼ハンターシリーズ、風たちてD
はっ!(悪い夢を見たかのように目を覚ます)
Dの左手 ヘヒヒ、お主でも夢に起こされることがあるとみえるの、ホホホ
・・・かまうな。
Dの左手 隠さんでもええわい、あの娘、なんといったかのお?
忘れたな。
Dの左手 ダンピールが女のことを想ってはいかんというほうもなかろうて。お前さんはとかくツッパリすぎるんじゃ。
黙れ!それ以上何か言ったら握りつぶすぞ。
10 Dの左手 荒っぽいこっちゃ。
ナレーション そこは、光と名のつくもの全てを拒むような黒い廃墟だった。燦燦と降り注ぐ日差しにまるで顔を背けるように、周りのもの全てに対して硬く心を閉ざしていた。その冷たく湿った空気の中で若者はまるでじっと耐えるかのように一人闇の中にいた。歳のころは二十歳前であろう、鍔広のトラベラーズハットに全身を覆う黒のロングコート。その背には優雅に撓った長い剣が神秘的な輝きを見せている。彼の話し相手は、彼自身の左手であった。開けた掌に、くっきり浮かび上がったのは確かに人間の顔である。
Dの左手 たいした娘だったな。普通貴族に魅入られたらあそこまでは抵抗はできんよ。しかも女の身ではな。何があの子をあそこまで強くしたんじゃろうのお。
ナレーション その廃墟の中に複数の足音が響いた。一人は少女、もう一人はその少女を追いかける大柄の男だった。
村長の養女リナ いやあ!
自警団長ヘイグ 待てよリナ!取って食おうってんじゃないんだぜ!可愛がってやるって言ってんだよ!
村長の養女リナ フンッ!冗談じゃないわよ!誰があんたなんかに!
自警団長ヘイグ 村で自警団の俺に逆らわないほうがいいぜ、唯でさえ村中がお前を警戒してるんだ。だから俺が代表でお前がまともな人間かどうか調べてやるっつってんだぜ。タアッ!ほら!捕まえた。
村長の養女リナ 嫌だってば!離してよこのスケベ!
自警団長ヘイグ 今さらカワイコぶるんじゃないよ!お前と村長のこと知らないとでも思ってんのか?オジンの村長よりは俺のほうがいいぜ!エヘヘ!
20 村長の養女リナ いやだああ!
自警団長ヘイグ ンッ!?誰だ!
ここは一つの文明が滅びた場所だ・・・
自警団長ヘイグ なにい?
去り行くものをとどめるのは叶わぬ。失われたものに対する礼儀くらい、わきまえたらどうだ?
ナレーション 漆黒の闇の中から一つの影が現れた。闇に慣れた視界に見るものの心を捕らえて離さぬ程の美貌が浮かび上がった。
村長の養女リナ 助かった!フンッ、ヘイグなんて大嫌いよ!自警団なんて糞食らえ!
行くがいい・・・ここはお前向きの場所ではない。
自警団長ヘイグ やろう!黙って聞いてりゃいい気になりやがって!女をこっちに渡さないと痛い目みるぜ!
やってみるか?
30 自警団長ヘイグ !野郎!!
ナレーション 凄まじい勢いで突進した男は若者の顎を確実に捕らえたと思った。が、次の瞬間、全身が凍りついたように立ちすくんでしまった・・・男の咽元に、長くしなやかな長剣がピタリと突きつけられていたからである。
自警団長ヘイグ ンクウッ!
もう一度言う・・・ここはお前向きの場所ではない
村長の養女リナ 凄いのね貴方!
帰りたまえ・・・君のいる所でもあるまい。
村長の養女リナ ああ駄目駄目、ここはあたしの唯一の安息場所なんだから、追い出そうったって駄目よ
ここが、元は貴族が住んでいた場所だと言ってもか?
村長の養女リナ フフッ、そんなこと先刻承知の上よ。そう言う貴方は、なんでここが貴族の屋敷跡だってわかるの?
君には関係ない。
40 村長の養女リナ そういう言い方ないでしょ。ここはあたしが一番好きな場所なんだから。
好き?
村長の養女リナ そ!ある事情があってね。ねえ、聞きたくない?聞きたいでしょ?こんな辺境の村に来るような人だもの、興味あるでしょ?
・・・村に帰れ。
村長の養女リナ ちょっと、そんなに無愛想にすることないでしょ。ねえ、なんでこんな田舎に来たの?
・・・仕事だ。
村長の養女リナ わかった!村長が頼んだ・・・あんたハンターね。あたしリナ、一応村長の養女ってことになってるの、よろしく!・・・ちょっと何よ黙りんぼう!名前くらい教えなさいよ。
俺の名は・・・D(ディー)
村長の養女リナ マイヤー先生、お客様をつれてきたわ。村長が頼んだハンターさん。
教師マイヤー お!・・・あ・・・ほお・・・。あ、貴方ですか。これは・・・ははっ、女性たちが騒ぐのも無理ないようですな
50 村長の養女リナ ね、綺麗な人でしょ、もうウットリ。
用件を聞こう
教師マイヤー リナ、君はもう帰りなさい。都の審査官が来るまでもう一週間たらずだ。
審査官?
村長の養女リナ ウフッ、あたし、あとちょっとでこの村から出られるんだ。
教師マイヤー 政府が年に一人、辺境の村から優秀な子を一人抜擢して、都の教育機関で学ばせるシステムはご存知でしょう。今年はリナがそれに選ばれたんです。
村長の養女リナ 別に都じゃなくてもよかったんだけどね、この村から出られるならどこだって。
教師マイヤー リナ!
村長の養女リナ はーい。じゃね素敵なハンターさん。
・・・村を嫌っているようだな。
60 教師マイヤー ええ・・・無理もないでしょう。
貴族がいるからか?
教師マイヤー いえ・・・む・・・ん・・・。そ、それはさておき、今回貴方をお呼びしたのは、あの・・・貴方は、昼に歩く貴族に出会ったことは?
フッ、まさか・・・貴族は闇の中でのみ活動するものだ。そんなこと、十の子供にでも・・・まさか?
教師マイヤー ええ・・・そのまさかなんです。・・・全ては、昼日中に起こったんです。貴族は、あるいは貴族の犠牲者は夜の中でのみ偽りの生が許される。ですから我々は祖先の教え通り、犠牲者の埋葬を燦燦と陽の照った午後に行なったんです。・・・そう、あれは棺が墓地に入る直前のことでした・・・
ナレーション
(村人)
ば!馬鹿な!真昼間だぞ!
教師マイヤー ほんの一瞬の出来事でしたが、犠牲者は確かに、陽の光の下で私たちに牙を剥いたんです。
・・・ありえないことだ。
教師マイヤー 私もそう思いたい、しかし万に一つでも可能性があり、明るい光の中で堂々と生きられる貴族が現れたとしたら・・・話はそれだけじゃないんです。話は・・・事件はすでに10年前に始まっていたのかもしれない。
10年前?
70 教師マイヤー ハッ!森だ!森のほうからだ!
Dの左手 貴族か?まさかな、真昼間だぞ。
そのまさかが起こったから呼ばれたらしい。
Dの左手 ワシも長いこと色んな奴を見てきたが昼間歩く貴族なんざ。
行ってみればわかる。
ナレーション 過去のどんな古い記憶においても、貴族が陽の光の中を平然と活動した記録は無かった。貴族は夜の闇の中でのみ存在し、永遠の命を得ることが出来た。そのかわり、光の世界を人間に明け渡さなければならなかったのだ。光の中で存在を許されなかったことが衰退の要因になったのかもしれない。・・・果たして首筋に牙の跡をつけた犠牲者はすでに生と死の境を彷徨いつつ眠りについていた。
やられたか
Dの左手 信じられんな
村長の養女リナ D、何があったの? !カイさんのおかみさん!
知り合いか?
80 村長の養女リナ 狭い村だもんね。
家族を呼べ
村長の養女リナ ご主人は今、隣の村に行ってていないわ。
ならば・・・俺の寝泊りしている小屋に運ぶよう、村の男たちに頼んでくれ。
村長の養女リナ オッケー
自警団長ヘイグ それは困るな!
村長の養女リナ ヘイグ!いくら村の自警団だからって、この人に指図は出来ないわよ、この人はねえ
自警団長ヘイグ 知ってるさ!村長が雇ったハンターだろう?それも・・・ダンピールのな!
村長の養女リナ ダンピール?
自警団長ヘイグ 恐ろしく腕のたつ、しかも奮い立つような美貌のハンターがいるとは聞いていたが、あんただったとはな。
90 運ぶ気があるのかないのか。
自警団長ヘイグ ヘヘッ、綺麗過ぎる顔で睨まれると、まるで体中が凍りついちまうようだぜ。
手伝う気がないなら失せろ。
自警団長ヘイグ ちょっと待った。犠牲者の処置の仕方は村ごとに違うのは知ってんだろ。この村ではなあ、すぐに杭を打ち込むか村の外に捨てるかどっちかなんだよ。
村長の養女リナ あんたってなんて酷い男なのカイさんが帰ってくるまで待ってあげてもいいでしょう!
自警団長ヘイグ もたもたしてるとこの女はすぐに蘇ってすぐに血に飢えた化け物になっちまうんだ!
村長の養女リナ 今は昼間でしょ!そんなこと起こるわけが
自警団長ヘイグ 起こるはずのねえことが起こったからハンターを呼んだんだろう!その女をこっち渡せ!俺がケリをつけてやる!
村長の養女リナ 駄目よ!まだ生きてるわ、あんたそれでも人間なの!
自警団長ヘイグ ウルセエ!人間かどうかわかんねえお前たちに何が分かるってんだ!10年前のこと俺たちが忘れたとでも思ってんのか!
100 10年前?
Dの左手 そういやあ、さっきの先生もそんなこと言っとったのお。こりゃあちとやっかいなことが起こりそうだわい。
教師マイヤー 貴方も一杯いかがです?
酒はやらん
教師マイヤー カイザー婦人はどうしました?
心配ない俺の部屋に安置してある。あの傷口だと目覚めるにはまだ時間がかかる。それより、10年前のことを話してもらおうか。
教師マイヤー 昼間貴方がいらしたという廃墟。そう、ことの起こりはあの廃墟からでした・・・。あの廃墟がいつ出来たのか、今では知るものすらいません。なにしろこの村の創始者がこの村にやってきた時、すでに蔦(ツタ)の蔓延る状態であったそうですから。なんのために建てられたかなど、わかろうはずがありません。わかっているのは恐らくまだ貴族が世の中を支配しているときに何かの研究が行なわれていただろうということだけです。しかし、子供には格好の遊び場でした。ええ、大人たちは恐れて近づきませんからね。ほんの少し、無謀という名の勇気があれば怖いものはありませんでした。が、不幸はいきなりやってきたんです。大人の目を盗んで遊んでいた4人の子供が、そこで忽然と消えてしまったんです。一週間の大捜索にも関わらず子供たちは発見されませんでした。ところが半月後、もう大人たちが完全に諦めかけたころのことでした・・・子供たちが帰ってきたんです。ただし3人だけ。子供たちは消えている間の半月間のことはポッカリ穴が開いたように覚えていませんでした。大人たちは必死に記憶を呼び覚まさせようとしました。もし貴族が加わっていたら大変なことになりますからね。・・・無論、古くから使われている方法も試されました。消えてしまったタジールはもうどうしようもありませんでしたが。その後クオレは狂ったまま、そして私とリナは考えられない程の知能の発達をみせたんです。
一人は戻らず、一人は狂い、後の二人は著しい知能の発達を見せた・・・
Dの左手 まるで何かの実験だのお、その結果あのリナという娘とマイヤーという教師が成功した、ということかの。
なんの実験だというのだ?
110 Dの左手 もう気づいておるのじゃろう?多分・・・あの方じゃ
とっくに終わった筈だ。
Dの左手 何かの拍子に動き出したとしても不思議はなかろう、生き物が絶滅しても一時の間を置けば再び蘇るのと同じじゃよ。
!誰だ!
村長の養女リナ D・・・
リナ・・・こんな時間に何の用だ?
村長の養女リナ 誰と話をしていたの?
君には関係ないことだ。
村長の養女リナ ま、いいや!今日はここに泊めてね。
帰れ・・・村長が心配するぞ。
120 村長の養女リナ あんな奴・・・死んじゃえばいいんだ。
10年前に親を亡くしたお前を引き取ってくれたんじゃないのか?
村長の養女リナ 引き取ったのは何でか急に出来のよくなっちゃった頭の中身と10年後には十分楽しめるこの体。
リナ・・・
村長の養女リナ アハッ、心配しないであたし物事を深刻に考えないの得意なんだから
フッ、らしいな。
村長の養女リナ 嫌なことは全部眠って忘れるわ。
本当に10年前のことは覚えていないのか?
村長の養女リナ 残念ね、こういうの記憶喪失っていうのかしら?何も覚えてないの。マイヤー先生も同じよ。クオレはとても話せる状態じゃないし、タジールはとうとう帰ってこない・・・でも、帰ってこらんないほうがラッキーだったかもしれない。
村長の養女リナ
(幼少期)
痛い!お願い!もうやめて!あたしなんにも覚えていないんだから!ママ!助けてえ!
ナレーション
(尋問者)
嘘を言うな!貴族になにをされた!お前たち4人共貴族の手先になったんじゃないのか!
130 村長の養女リナ
(幼少期)
知らないったら、知らないよお!
小さかったのに、よく拷問に耐えられたな。
村長の養女リナ あたしを虐める奴は人間じゃない、そう思っていたの。もしかしたらあんな方法で貴族かどうか見極めるなら、人間のほうが残酷かもしれないわね。
さあな
村長の養女リナ 貴方は貴族と人間の血を半分づつ持ってるダンピールなんでしょ?こういうときはどっちに味方するの?
さあな・・・!来た!
村長の養女リナ 何!カイザーのおかみさんを襲った奴!?
ああ、君はここを動くな。

わかるか?奴の心が。
Dの左手 狂気だ、凄まじい狂気が渦を巻いておる。
貴族なのか?
140 ナレーション 闇の中を一つの影が凄まじい勢いで飛び回った。昼間の獲物を再び狙うためにやってきたようだ。暗黒のカーテンを払うように今まで隠れていた月明かりが地上に一筋降り注いだ時、Dは全身に暗い布を巻きつけたような奇怪な人影を見た。
妖魔か!?・・・違う!
Dの左手 来るぞ!
ナレーション 人影は真っ赤に充血した目を向け確かにDを見て笑ったのだ。そして人間とは思えない唸り声を発するとDの長剣の切っ先をするりとかわし、再び闇に消えていこうとした。
逃さん!
Dの左手 深追いは禁物じゃ。
ナレーション Dの体が地面を蹴った!その時!
ウッ!
Dよ、お前は唯一の成功例だ。
ここにいたのか。
150 実験は失敗だったかもしれん。
探したぞ!
いつでも来い、計算局にいる。
村長の養女リナ マイヤー先生
教師マイヤー リナ、このところ村長のところに帰っていないようだね。いいのか?勉強は。
村長の養女リナ 今更勉強しなくちゃならないような出来の悪い頭なんか持ってないもん。
教師マイヤー そうか、そうだな。都の審査官が来るまであと三日だ。いいな、君は村を出ることだけ考えるんだ。こんな村から・・・
村長の養女リナ 大丈夫よ先生。あたしきっとうまくやるわ、帰ってこなかったタジールの分も・・・
教師マイヤー リナ、そのタジールのことなんだが・・・いや、いいんだ、忘れてくれ。
村長の養女リナ 変なマイヤー先生。
160 教師マイヤー 気をつけて帰れよ、今日は雨だから貴族の出現はないと思うがな。
村長の養女リナ 心配ないって、あたしにはDがついてるもん。
教師マイヤー 昼に歩く貴族・・・タジール・・・廃墟・・・なんなんだろう、記憶の底をくすぐられるようなこの妙な感触は・・・10年前に俺達になにが起こったというんだ・・・!ハッ!
マイヤーよ思い出せ、10年前を。
教師マイヤー なんのことだ!?
10年前の実験を
教師マイヤー 実験?
目覚めるんだ。
教師マイヤー 10年前・・・実験・・・廃墟・・・光の中を歩く貴族・・・昼に歩く貴族!
Dの左手 何を考えている?
170 ん?・・・何も。
Dの左手 別に隠すこともあるまい、珍しい娘じゃの、さすがのお前もあの娘にかかると人間らしい反応を見せるの。
馬鹿な。
Dの左手 ヘヘヘッ・・・
答えを探しに行くか、あの方のところへ。
・・・やむおえまい
村長の養女リナ D!
Dの左手 ウヘヘ、ほ〜れ噂をすればなんとやらじゃ。
黙れ
村長の養女リナ ただいま
帰れといったろう
180 村長の養女リナ あんなスケベオヤジのとこへ?
お前には都の審査官が待っている。それを忘れるな。
村長の養女リナ 大丈夫あたしきっとうまくやるわ。本当は都に行って貴族のことを勉強したいんだけど・・・
貴族に何故それほど興味を示す。
村長の養女リナ わかんないわ、ただ知りたいだけよ。何故滅びの運命にあったのか。
やめておいたほうがいい、都の役人は貴族に対して神経質だ。
村長の養女リナ ウフフッ、言わないわよそんなこと。私は数学を勉強します!って大きな声で言うわ。それでももし落ちたら、Dのお嫁さんになる。
リナ
村長の養女リナ あたし、人間なんて大嫌いよ、欲望でギラギラ。おまけに残酷で自分を守るためにはなんでもするのよ。最低だと思わない?
俺にはわからん
190 村長の養女リナ ねえD、人間って何?貴族って。
難しい質問だ。
村長の養女リナ わからない?2つの世界を知っている貴方でも?人間であるってどういうこと?貴族であるって?
どうしてそんなことを聞く?
村長の養女リナ 知りたいのよ、どうしても。
貴族であるということは多分、夜に生きるということだ。貴族たちの科学が最高潮に達した頃、不老不死の体を持ちつつも白木の杭1本と陽の光にどうしても勝つことが出来なかった。恐らく、彼らも人間のように昼に生きる術を探して必死だったろう。
村長の養女リナ 貴族が光求めて・・・
永久の命を受けながらも、結局、闇に生きるものは光に勝てなかった。
村長の養女リナ 光は闇に勝る。
さだめだな・・・
村長の養女リナ でも、こんど現れた貴族は・・・
200 陽の光の中を平気で歩く・・・ありえんことだ。
村長の養女リナ 見てD!雨があがった。
よし
村長の養女リナ どこにいくの?
ついてくるな
村長の養女リナ いやよ!一緒に行く!
何があっても知らんぞ。
村長の養女リナ って言ったって助けてくれるのちゃんと知ってるもの。
!あのサイレンの音は?
村長の養女リナ 広場に集まれってことよ、何かあったのかしら?
210 村長の養女リナ ねえ、何があったの?
ナレーション
(村人)
昼歩く貴族の犠牲者が捕まったんだ
村長の養女リナ なんですって!
まさか!
これで、フフフフフ、リナの目覚めまで少し時間が稼げる。リナ・・・最後に目覚めるのは・・・お前だ。
ナレーション 夕闇の気配が爪の先程も感じられない昼日中であった村全体に集合をかける けたたましいサイレンの音は、人口千人足らずの村人を広場に一人残らず集めた。
村長の養女リナ ちょっとそこどいて!通してよ、前が見えないじゃない!何が、何があったの!?
自警団長ヘイグ リナ、お前じゃなかったんだな、昼歩く貴族ってのはさ。
村長の養女リナ ヘイグ・・・それどういうこと。
自警団長ヘイグ 見ろよあそこを!
220 ナレーション 広場の中央には頑丈な檻が据えられ、その中には人影があった。確かに人間である。だが、人々の心を恐怖のどん底に叩き込んだのは、ならず者とおぼしいその男の体格と面構えでなく、油ぎった唇から覗く2本の牙だった!
村長の養女リナ 貴族・・・
自警団長ヘイグ 昼歩く吸血鬼ってやつさ!とうとう見つけたぞ。
村長の養女リナ 彼をどうしようっていうの?
自警団長ヘイグ 当たり前だろう、杭を打ち込むか、それとも首を刎ねるか。
村長の養女リナ 檻に入れたまま!?
自警団長ヘイグ 他にどうしろっていうんだよ。
村長の養女リナ いくら貴族だからってなぶり殺しなんて残酷すぎるわ!
自警団長ヘイグ 馬鹿言うな!あそこから出してみろ、あっという間に俺達全員が餌食になるのが関の山だ!さっさと殺しちまえばいいんだ!
村長の養女リナ 怯えてるのよ!貴族だって怖いのよ。
230 自警団長ヘイグ いい様だぜ、殺せえ!さっさと殺しちまえ!
村長の養女リナ なんて奴らなんだ、よってたかって手も足も出ない相手をなぶり殺しにしようなんて!・・・あの時も同じだった・・・あたしたちが半月ぶりに村に帰ってきた時・・・何も覚えていないというのに・・・大人たちは・・・人間たちは・・・よってたかってあたしたちを!
村長の養女リナ
(幼少期)
あああん!やだあ!やだよお!
ナレーション
(尋問者)
貴族に何をされた!お前たち4人とも、貴族の手下になったんじゃないのか!
村長の養女リナ 知らない!知らないよおお!
自警団長ヘイグ 殺せえ!殺っちまええ!
村長の養女リナ やめてえ!
ナレーション 狂ったように叫ぶ群衆の前に、リナが飛び出した。そして檻の中をかばうように大きく手を広げた。
自警団長ヘイグ リナ!
村長の養女リナ なんてことするのよ!相手は人間よ!?こんなやり方ってある!?
240 自警団長ヘイグ どけよリナ!こいつが今まで村の衆を片っ端から殺してきたに違いないんだ!
村長の養女リナ だからって・・・無抵抗のものをなぶり殺しにしていいってほうは無いわ!あんたたち人間だったら恥じを知りなさい!
自警団長ヘイグ ほう、なら武器を与えて戦えばいいんだな?それじゃあお手並み拝見といくか。リナ!言いだしっぺのお前にやってもらおうか!
村長の養女リナ えっ!
自警団長ヘイグ どうなんだ!貴族をかばうなんてよお、やっぱり自分の仲間がなぶりものにされるのが許せないのか!?
村長の養女リナ ち、違う。
自警団長ヘイグ だったら調度いいじゃないか。ここでこいつと戦えばお前が貴族の仲間では無いことが証明できるだろう、それとも何か!やっぱり出来ないか!やはりお前は10年前に貴族にされちまったのか!
村長の養女リナ やってやるわよ!戦えばいいんでしょ!・・・戦えば。
待て!
村長の養女リナ D!
250 それは俺の仕事だ
自警団長ヘイグ ヘッ、自分で捕まえらんなかった癖によお!
言っておくが、こいつは村を荒らした貴族では無い。
自警団長ヘイグ 何?
多分こいつはあんた達を安心させるための身代わりだ。
自警団長ヘイグ ま、まさか。
どちらにせよ俺がやる。かまわん、檻を開けろ!
おかしな出会いだが、これも狩るものと狩られるものとの運命だ・・・かかってこい!
ナレーション 言うが早いか、Dの体は音も無く地上を蹴り、銀色に光る閃光のように背中の長剣を男目掛けて突き立てた!
たあ!
村長の養女リナ D・・・あの、助けてくれてありがとう。
260 不用意な行動はせんほうがいい。
村長の養女リナ だって・・・あんまり酷いんだもの。あ〜あ・・・こんなことなら10年前にいっそ貴族になっていたほうがどれほどよかったかしれない。
少なくとも、お前はもうすぐこの村を出られるんだ。そういう考え方は都の人間に嫌われる元だ。
村長の養女リナ だけど・・・
以前、俺を雇った娘がいた。彼女は自分が貴族に魅入られたのを知って必死に抵抗した。どうせ死ぬなら人間として死にたいと言ってな。
村長の養女リナ で、どうしたの?
人間としての尊厳が勝った。
村長の養女リナ でも・・・
お前は自分で言ったはずだ、光は闇に勝ると。
村長の養女リナ この村の連中に尊厳なんて!
270 俺には人間としての尊厳も、貴族としての誇りも無い、ダンピールとは所詮そんなものだ、覚えておけ。
村長の養女リナ D・・・
都の審査官が来るのは明日だ。今日は家に帰れ。いいな?
Dの左手 優しいこっちゃあ、あのこが気に入ったのか?
くだらん
Dの左手 くだらんものか、もしかすると、あのこ。
よせ、ありえない。
Dの左手 そうかのう、ヘヘッ、ならば何故お前はここに、こうしとるのだ?
行くぞ。
Dの左手 計算局か?
280 かつてのだ。今は単なる廃墟だ。
Dの左手 だといいんだがのお。
来るか
!貴様!
待っているぞ
十年前に何をした!
フフフフフ、お前なら気づいてるはずだ、ただ一つの成功例だからな。
やはり同じことを繰り返していたのか。
可能性の追求だ。しかし実験は失敗だったようだ。
吸血の習慣か!!
290 最後の一人も失敗だ。失敗例は、抹消しなければならん。
貴様!!
村長の養女リナ 帰るっていったってなあ・・・村長のとこなんか帰ったら、また何されるかわかんないしなあ・・・
自警団長ヘイグ リナ、どこ行こうってんだ。
村長の養女リナ ヘイグ・・・なんの用?そこどいて、あたし帰るんだから。
自警団長ヘイグ 帰って村長と最後のお楽しみってわけか?
村長の養女リナ しつこいわね!
自警団長ヘイグ 何も村長ばかりにいい思いさせなくてもいいだろう、俺にもサービスしてくれよ。
村長の養女リナ やめてよ!やらしいわね!やだってば!離して!
自警団長ヘイグ そうつれなくするなよ、ずっとお前が欲しかったんだからよ、なあリナいいだろう?
300 村長の養女リナ いや!触らないで!
自警団長ヘイグ ヘヘヘッ、もっと暴れろよ!かわいいぜ、ウヘヘヘ。
村長の養女リナ イヤアアアアッ!
村長の養女リナ
(心の中の声)
汚い・・・人間は汚い・・・こんな奴ら、死んでしまえばいい・・・汚い人間どもめ!
自警団長ヘイグ うわあああ!リナ!
ナレーション 瞬間的ともいえる凄まじい怒りに、リナは記憶の奥底に眠っていた何かを開放した。
村長の養女リナ 血が欲しい・・・お前の血が・・・
自警団長ヘイグ リナ・・・牙が・・・リナ・・・お前やっぱり!
教師マイヤー リナ・・・リナ!
村長の養女リナ マイヤー先生
310 教師マイヤー 君もようやく目覚めたようだね。僕達の仲間に
村長の養女リナ 仲間?
教師マイヤー もう我慢することはない、タジールもクオレも待っている。一緒に新しい貴族を創るんだ。
村長の養女リナ 新しい・・・貴族・・・
Dの左手 自警団のあの男がやられたそうな。
らしいな
Dの左手 あの娘が、とうとう
確かに失敗例だ
Dの左手 たいして驚いておらんな?
予想はしていただろう。
320 Dの左手 そういう意味ではない、冷たい奴じゃ。
今更、ことはもう10年間に始まっていたんだ。もう連中の運命は止められん。
Dの左手 ならば放っておけ、お前には無縁の奴らじゃ、村を出ろ。
そうもいかん
Dの左手 フンッ、なんやかんや言っても、結構センチなんじゃのお。
ナレーション Dは廃墟へと向かっていた。そこには見果てぬ夢を適えんと古の貴族たちが未来を求めて創りあげた最高の科学設備がある。もしかすると、そこは自分にも覚えのある所かもしれないのだ。
村長の養女リナ ああ・・・タジール。なんでもっと早く言ってくれなかったの?あたし、幾らでもすすんで貴方に抱かれたものを・・・ねえ、きっといい子が出来るわ。そう、新しい、光の中で生きられる貴族が・・・!誰!
リナか
村長の養女リナ
君たちは何を企んでいる。
330 村長の養女リナ 遅かったわね、見たでしょ?あたしはタジールの子を生むわ。きっといい子が生まれる。
新しい、貴族の誕生か・・・
ナレーション いつか村の女を襲った男が、リナに覆いかぶさるようにしていた。
村長の養女リナ タジールよ、10年前に行方不明になった。
生きていたのか。
村長の養女リナ たいした力ではなくて?10年間も生き続けていたなんて。
全て思い出したのか?10年前のことを。
村長の養女リナ 10年前・・・あたしたちは不思議な力によって、この研究室につれてこられたわ。そして・・・そう、手術を受けたの。D、貴方にはもう何のことかわかるわよね。あたしたちは光の中で生きられる貴族に生まれ変わったのよ。ただし、実験の結果を見るまでに10年の月日がかかった。何故って、花が咲くのだって観察機関というものがあるでしょ?長い時間を掛けて細胞の一つ一つが最高の貴族に向かってゆっくり変わっていったの。実験はほぼ成功じゃないかしら、あたしとマイヤー先生の知能の発達を見てもわかるでしょうけど、あえて説明するなら今のあたしたちは闇の中でも目が見えるし、何も食べなくても細胞はひとりでに作られるの。まだ試したことは無いけれど、多分、真空状態でも息が出来るわ。どう?貴方に出来て?D。
吸血の習慣が残っても成功なのか?
村長の養女リナ ええ、その通りよ、失敗だったのはそこね。結局、あたしにもタジールと同じ性が備わってしまったのね
340 自警団の男を殺したのは君か?
村長の養女リナ ええ!最低の男ね。だけど、そのおかげで目覚めたようなものかしら。
これからどうする?
村長の養女リナ もちろん、わたしたちの子孫を増やすわ。
そうか・・・もう、会うことも無いだろう。
村長の養女リナ 行くの?D・・・。
教師マイヤー リナ!奴を帰すのか!
村長の養女リナ !マイヤー先生!
ナレーション 闇の中に、銃を構えたマイヤーが立っていた。その瞳には、凄まじい程の憎悪が輝いている。
村長の養女リナ やめて!彼を殺しても何にもならないわ!あたしたちどこでも生きていけるのよ、そのうち人の血を吸わなくても生きる方法が見つかるわ!
350 教師マイヤー リナ・・・そのうちは無いんだよ・・・ごらん・・・
ナレーション コンピュータの計器から漏れる僅かな明かりの前にマイヤーは立った。その顔には、赤い糸をひいて崩れ行く、目の玉がぶら下がっていた。
村長の養女リナ !どういうこと!あたしたちは永遠に生きられる体になったんじゃないの!
教師マイヤー D・・・君は驚かないようだね・・・すでに気づいていたのか。
・・・ああ。

(回想)
失敗例は抹消せねばならん
このことか・・・
教師マイヤー 何故君だけが無事なんだ、我々もまた、同じ作られた人間ではないか!何故・・・君だけがなんともないんだ!死ぬのは我々だけかあ!!
ナレーション その時、じっと身を潜めていたタジールが目にも止まらぬ速さでDめがけて突進した。憎悪の炎を撒き散らすかのように真っ赤に充血した瞳は獲物を焼き殺しそうな勢いであった。
よせ!
360 村長の養女リナ Dやめて!仲間なのよあたしたち!仲間を斬らないで!
ナレーション リナの叫びも、すでにDとタジールを止めることは出来なかった。タジールもDの長剣にひけをとらない程の閃光を放つ剣を掲げ一気に突っ込んできた。一瞬だがDの放った一太刀がタジールの肩先をかすめ、ザックリと赤い傷が口をあけた。しかしそれもつかのま、傷口はみるみる間に塞がり、タジールはさも面白そうに笑ったのだ。
なんという回復力だ。
Dの左手 首じゃ!首を狙え、いかな再生能力があろうと貴族の血をひいている以上首を斬られては生きておれまい。
ナレーション タジールはDにピタリと標準をあわせ、一気に突っ込んできた。それを跳ね返すように、Dの斬っ先はタジールの首をはねた!
村長の養女リナ タジール!
教師マイヤー 遅かれ早かれ、我々も同じ運命か・・・。
ナレーション その途端であった、何かが崩れるような音がすると、マイヤーが床にゆっくりと崩れていった。
村長の養女リナ !マイヤー先生!
教師マイヤー いかん!来るなリナ・・・見ないでくれ・・・。
370 村長の養女リナ 先生!
教師マイヤー ・・・いいか・・・もし・・・わずかの可能性があって生き残れても・・・貴族の歴史など・・・学んでは・・・い・・・かん・・・
村長の養女リナ マイヤー先生!
よせ!見るな!
ナレーション すでに、マイヤーの立っていた所には衣服の塊とドロドロに溶けた青い液体が残っているのみであった。
村長の養女リナ これがあたしたちの運命なの?
俺には・・・なんとも言えん。
村長の養女リナ あたしがいつこうなるかわかって?
わからん
村長の養女リナ D、貴方が羨ましい・・・憎い程、羨ましい。
380 リナ・・・
村長の養女リナ あたし、明日の審査会に出るわ。10年間待ったんだもんね。そして大きな声で貴族に恨み言を言うわ。うんと罵ってやる。明日なんかないんだって・・・あたしたちのように。

(回想)
成功したのは、お前だけだ。
村長の養女リナ 都の審査官の皆様、あたしが今回の審査に選ばれた、リナ・ベランです。今皆様がいらっしゃるこの廃墟は、5000年前までは貴族の計算局でした。つまり人間と貴族の遺伝子を組み合わせ、新しい貴族を作りだそうとしていたのです。けれど、実験はことごとく失敗に終わりました。その結果、貴族は滅び、人間は残りました。・・・だからといって人間が貴族に勝る生き物だと・・・誰が言えましょう!ンッ!
リナ!
村長の養女リナ ・・・D・・・やっぱりあたしにも、時はきたわね
リナ
村長の養女リナ あたしもマイヤー先生と同じ、ドロドロに溶けちゃうのね・・・ねえD、お願い傍にいてくれる?でも、顔は見ないで。
ああ・・・見ない。
村長の養女リナ 深刻な顔してんでしょ貴方。心配しないで、あたし物事を深刻に考えないほうだって言ったじゃない。
もう喋るな、俺はここにいる。
390 村長の養女リナ この10年間で・・・貴方といる時が・・・一番楽しかった・・・
もういい!
村長の養女リナ さよなら・・・あたしたちの・・・可能性・・・
リナ!
村長の養女リナ
(回想)
ねえD、人間であるって、貴族であるって、どういうこと?
所詮・・・運命には勝てんのか・・・