吸血鬼ハンターD 妖殺行
かつてその領民たちが徳を讃えた若き吸血鬼領主、マイエルリンク。
しかし彼はいま、逃亡者と成り果てていた・・・彼を慕い闇に生きようとする少女とともに。
父親の命によりマイエルリンク追捕を請け負ったのは二組の吸血鬼ハンター
辺境に悪名高きマーカス兄妹と"D"。魔人の里バルバロイから二人の護衛を雇い
マイエルリンクと少女は、はかない希望を抱いて逃避行を続けるのであった・・・。
01 レイラ(語り) あたしたちは死に絶えた村で、その若者に出会った。若者はあたしたちと同じハンターだった
依頼を聞こう
ジョン 村のものは全員やられた、やがてわしも・・・早く追うてくれ、奴は、奴は娘をさらっていきおった。早く追うて取り戻してくれ。もしも娘がもはや奴らの仲間であれば、一思いに滅ぼしてくれ!
レイラ(語り) 墓地には無数の、まだ新しい死骸が点々としていた、その中で長老らしい老人だけが苦しい息の中で若者に訴えかけていた。トラベラーズハットに黒のマントを羽織り、その胸には青いペンダントを輝かす若者に。
ジョン 奴は前から娘を狙っておった。そしてとうとう夕べ・・・奴の毒牙にかかった村人が次の犠牲者をつくり、たちまち村はこの始末じゃ。頼む、どうか娘を呪われた宿命から開放してくれ、もし果たせたならばガリューシャの村へ、そこに姪がいる。事情を話せば約束の1万ダラスの報酬、渡してくれるじャロ・・グウゥ!!
レイラ(語り) 老人は語り終わると、突然鋭い牙を向けた。いや、老人だけではない死骸と思った墓場に横たわっていた人々も皆立ち上がると同様に牙を剥き、若者にひたひたと迫った。
Dの左手 貴族の洗礼を受けた連中じゃ。
ざっと500というところか。
レイラ 兄さん
10 ボルゴフ 見てなって、奴はやられやしねぇよ。
レイラ(語り) 一筋、月光の煌めきが走った。と見えた時、すでに大半の村人は、腹から、喉から血を噴出して倒れるところだった。若者の手には、いつ背から抜いたのか、細身の長剣が握られている。そして、トラベラーズハットの下から覗いたのは、月も恥らう程に完璧な美形だった。あたしたち兄妹はバスを降りるとDに歩み寄った。
Dの左手 気をつけろ、奴らが乗ってきたのは改造した原子バスじゃ、ろくな相手ではない。
レイラ(語り) 誰かが若者にそう声をかけた。だがここには、若者と私たちの他に人影はない。
ボルゴフ どうやら御同業らしいな。しかも、さっきからあっちのバスで待機していた俺たちには見向きもせずに爺さんが依頼していたとなると、よほど信頼されたと見える。
それがどうかしたか?
レイラ あたしたちも、この村の人間に依頼されたのよ、だけど依頼主はどうやら死んじゃったみたいでね、1千万の仕事について、ゆっくり話し合うつもりはない?
ボルゴフ どうなんだい!

くっ、俺の矢を打ち落とすとは見事な腕だ。自己紹介をしておこう、俺は長男のボルゴフ、こっちは長女のレイラ。もう一人弟がいるんだが病弱でな、バスから出られねぇ。
レイラ よろしくね、ムッツリ屋さん。
マーカス兄弟か、名は聞いている。
20 レイラ(語り) 若者はなんの気負いもなくそう言った。辺境随一と言われるマーカス兄弟。誰もが侮蔑と恐怖を込めて呼ぶこのあたしたちの名に、若者はなんの感情ももってはいなかった。
お前たちと行動を共にして、生きて帰ってきたものはいないそうだな。
レイラ(語り) 若者は踵を返しあたしたちに背を向け歩を進める。
レイラ 待って!あたしたちと組んで、仕事する気はないのかい?
ボルゴフ あんた・・・その面構え、青いペンダント・・・聞いたことがあるぞ。たった一人で俺たちに匹敵するかもしれない力を持つ男・・・ダンピール。同じ獲物を追う仲だ、せめて名前だけでも名乗っていってもらおうか!
・・・D(ディー)
レイラ(語り) その頃、あたしたちの獲物は、遥か先の道を北に走っていた。すなわち貴族と、貴族にさらわれた娘を乗せた黒塗りの馬車。その馬車の窓という窓にはシェードが降ろされ、静かにこぼれる月光さえも、その室内には届いていなかった。
マイエルリンク 明かりをつけてもいいのだよ。こんなボロ馬車でも、その程度の装備は残っている。
シャーロット いいのです、貴方が闇の中で生きるなら、私もそうなりたい・・・マイエルリンク様。
レイラ(語り) 菊地秀行原作、バンパイアハンターシリーズD妖殺行(ようさつこう)。
西暦、10290年。人類は暗黒世界を生きていた。究極まで科学を推し進めた文化はやがて大規模な世界大戦により消滅した。その後巡ってきたのは、放射能と宇宙船が生んだミュータント怪物たち、わずかに生きのびた人類たちも、その水準は大きく退行した。そして・・・現れたのだ、歴史の彼方に消えていた、吸血鬼たちが。人類よりも優れた科学と、強靭な体を持っていた彼らは貴族を名乗り、何世代も人類を支配した。だが、昼の光を、十字架を、川の流れを敵とした吸血鬼たちは、やがて、相次ぐ人間たちの反乱にあい、それを厭うようにその姿を歴史の中に消した。わずかに都を離れた、辺境地区を除いては・・・辺境地区ではいまだに強く、貴族の恐怖が生きていた。そしてその恐怖は、時折り現実のものとなって、人々に襲い掛かる。そんな人々の希望として生まれたのが、吸血鬼と戦うことを生業とする、バンパイアハンターであった。
30 ボルゴフ いそげ!なんとしても夜明けまでに馬車に追いつくんだ!
レイラ 心配ないさ兄さん。どうせ夜が明ければ、貴族は馬車を走らせられない。どこかで休むに決まってんだ。
ボルゴフ だがその前にあのDにしとめられたらどうする?
レイラ 何をそんなに恐れてるのさ兄さん。
ボルゴフ 噂を聞いことがるのさ。奴は人間と貴族のあいの子ダンピールだ。貴族と同等の力を持ち、昼なお平気で活動する。しかもあのDというハンターには色々と奇怪な噂がついてまわってやがる。
レイラ 兄さん、あたしたちはマーカス兄弟よ、忘れたの?
ボルゴフ ケッ、言いやがる。
レイラ 森を抜けるわ、この近道はあたししか知らないから、あのダンピール、随分引き離したはずよ。
ボルゴフ あれは・・・D!
レイラ 馬鹿な!なんであんな先を走ってるの!こんなことあるはずないのに。
40 ボルゴフ 言ったろ、奴はただのハンターじゃねぇんだ。
レイラ(語り) Dの乗るサイボーグ馬の影は、あたしたちがこれから下ろうとする小山の遥か先を遠ざかりつつあった。前後して村を出たはずの彼が、どのようにしてそんな速度を得たのか、あたしたちには計りかねた。
Dの左手 やっかいな場所に逃げ込みおったな。
・・・避難所か。
Dの左手 辺境を旅する貴族が昼間の身の安全の為造らせたブラックボックス。さすがのワシもこれを破る法は知らん。・・・中に、二人の人影はあるようだな。
片方は、まだ人間か?
Dの左手 そこまではわからぬ。さぁ、どうする?避難所は貴族にしかその入り口を開かぬぞ。
黙れ。
Dの左手 フフ、この日差しはさすがに体に堪えるとみえる。そういえばダンピールの大敵、陽光症(ようこうしょう)もそろそろ起きる頃ではないか?
黙れ!
50 Dの左手 ウヘヘヘ、ワシとお前は一心同体のようなもの、邪険にするものではないわ。
なにか・・・来たようだな。
レイラ あたしとこのバトルカーがあるかぎり、マーカス兄妹を出し抜けやしないよ!手間どってるようならそこを退きな!無反動ミサイルベネトレータ!お好みの手でその避難所をぶち抜いてやるよ!
レイラ(語り) 若者は、無表情に道をあけた。あたしは、パーツの一つまで選んで廃品から造りあげたこのバトルカーもろとも突進した。しかし単なる地下室のように見えていたその避難所は突如として牙を剥いた。あたしはまだ知らなかったのだ、若者のつけたペンダントが貴族の全ての機械を無にする力を持つことを。
Dの左手 ほう、これは驚いた。あの娘テクニックでレーザーを避けよったぞ。
さすがは、レイラ・マーカスということか。
レイラ くらえ!
レイラ(語り) 溶けた液体金属を発射し、それが空気中で瞬時に長い槍となって突き刺さる!名づけて貫通砲ベネトレータ。見事に効力を見せたそれは、レーザー砲をたちまち破壊した。あたしは続けて2発目を避難所の壁に向かってて発射した。2発目のベネトレータは避難所の壁に阻まれて、無数の金属片となり散った。こんなことは初めてだった。あたしは避けきれず無数の金属片があたしの胸に突き刺さる。
レイラ ううう!はーっはーっはーっはーっ。
Dの左手 それでも避難所の攻撃範囲から逃れて停車するとはな、益々見事。
60 レイラ はーっはーっはーっ、何を見てるのよ。
手当てをしたらどうだ?
レイラ ほっておきなさいよ、商売敵でしょ。
横になれ
レイラ !何をする気!?
傷を焼きとる、そのままにしておけば、胸から全身が腐るぞ。
レイラ いや、やめて!
Dの左手 やれやれ、人使いの荒いことだ。
レイラ(語り) たしかに若者の左手から、そのかすかに声はした。と思うと、左手に握られていたナイフはたちまち熱を加えられ、赤くなっていった。それで傷を焼ききろうというのだ。
レイラ あたしは目を閉じないわよ、あんたがおかしな真似をしないかどうか、この目で見てやる。さぁ!やるならおやりよ!
70 ゆくぞ。
レイラ う・・・うぅ!うぅ!う・・・ぅ。
Dの左手 気絶したか?おお、陽が落ちるぞ。
ああ、奴が来るようだ。
Dの左手 クッ、時間がくれば治療も終わりとは、まるで悪徳医師じゃの。
扉が開いてお出ましか、避難所の中で馬車の修理もしたようじゃの。
レイラ(語り) 六頭だての馬車のぎょしゃ台に一人の貴族が座り、若者を見下ろしていた。貴族の顔にはどのような感情も浮かんではいない。
マイエルリンク どけ、人の命を金に代える下司といえど、無駄な命のやりとりはしたくない。
娘を返してもらおう。
マイエルリンク 夜、貴族を相手にできるなら・・・奪ってみるか!
もとより!ハッ!
80 レイラ(語り) Dは飛鳥(ひちょう)のように舞い、ぎょしゃ台に剣を振り下ろした。だが貴族は手の甲の鋼で弾くと、逆に右手の指から生えたするどい鍵爪でDを引き裂きにかかっていた。Dはわずかに身を捻るだけでその攻撃を避け、何事もなかったように平然と大地に立った。
マイエルリンク その顔その技量、名前を聞いたことがある、どんな貴族も蒼白となる名をな・・・お主がDか?
俺も・・・聞いたことがある。貴族の中でただ一人、支配される民がその徳を讃える若い領主がいると・・・その名は、たしかマイエルリンク。
マイエルリンク 一度会ってみたかったぞ、どんな形にしろ。
今ここで会った。
マイエルリンク 行かせてくれぬか?私は人間に何もせん。
娘をさらわれた上にお前の同類にされた父親にそれを言え。
マイエルリンク く・・・うぅ・・・。
レイラ(語り) その時、Dの動きが一瞬止まった。傷の熱に浮かされていた私が思わず口走った一言が、Dの注意を逸してしまったのだという。動きの止まったDの横をマイエルリンクの馬車が高速で走りぬけ、たちまちその影はみえなくなってしまった。
Dの左手 おかしな声が聞こえたのう。
90 レイラ 逃がしたね。
少し熱が出たな、兄妹に薬を塗ってもらうことだ。
レイラ 行かないで!行ったらあたし・・・死んでしまうから。
レイラ(語り) 自分がどうしてそんなことを言ったのか、どうしてそんなさもしい言葉を。ただ若者を傍に引き止めたい。そう思っていた。
いつからハンターをやっている?
レイラ え?あ、ああ、いつからって・・・物心をついたときからよ。両親なんて遺伝子工学をいじくっていて、私たちはみんなその研究成果だもの。はぁ・・・他に生活する方法なんてなかったわ。みんな化け物じみて!
ハンターは女向きの仕事ではない。獲物を追い詰めるのが楽しくなってくると、もう女ではない証拠だ。
レイラ いまさら生き方は変えられないわ、手に血が付きすぎてしまったもの。
・・・洗えばおとせる。
レイラ どうしてそんなこと言うの?あたしを失業させたいの?
100 妹が消えても兄は騒ぐまい。死に掛けて母親の名を呼ぶ娘に、ハンター家業はむかん。
レイラ え・・・母さんの名前。
レイラ(語り) あたしは、後からバトルカーの軌跡を辿ってきた兄に助けれらた。だが何故か、Dとの出会いがあたしの口から語られることはなかった。
あたしたちの標的、黒塗り馬車の貴族はこの間に時間を稼ぎ、結果として再びやっかいな場所に逃げ込んでいた。彼はバルバロイの里に助けを求めたのだ。バルバロイの里。辺境に住むものなら必ず震え上がる。魔人と魔人の血液が混ぜ合わされて生まれた里。だが、貴族を追う2組のハンターに、恐怖という言葉は不要だった。
ボルゴフ しかし、バルバロイといやあ魔人の里。まさかそんな場所に正面から乗り込むわけにもいくまい。
レイラ だけどもう陽が昇ったわ、今なら貴族は里の中で眠っているはず。やるなら今よ。
ボルゴフ ん?・・・あれを見な。
レイラ え?・・・D!
レイラ(語り) そこには、いつものように無表情でサイボーグ馬の手綱を取る若者の姿があった。彼は躊躇いもせずに、岩場の遥か先に位置するバルバロイの里の門に歩みを進めた。
俺はバンパイアハンターD!用があって参上した。開門願いたい!
ボルゴフ チッ!このままでは奴に先を越される!仕方ねぇ、グローブにやってもらおう。
110 レイラ 兄さん!グローブ兄さんはこれ以上発作を起こしたら!
ボルゴフ 他に方法が無えだろう。さあ着てるもんを脱ぎなレイラ。
レイラ いや!やめて兄さん。あたしもういやなの!
ボルゴフ へへっ、何言ってやがる、今更それは無えだろ?さぁ脱ぐんだよ!
グローブちゃんと見るんだぜ!おめえが愛するレイラの姿をよ!興奮するだろう?ええ?そしておめえの力を俺に貸せ!
レイラ やめて・・・兄さん・・・。
レイラ(語り) 若者は、バルバロイの里に入っていった。そこに待っていたのはただの村人ではなかった。ある女の全身はびっしりと鱗に覆われ、またあるものは少年の頭にワニの体を持ち、あるものは、狼の剛毛に全身を覆わせている。
バルバロイの里の長老 ヘッヘッヘッヘッヘッ、よう来た、よう来たなバンパイアハンター、このバルバロイの里へ。ミュータントと人間が長ーい年月をかけて婚姻を繰り返し生まれた醜悪な混血たちの村へ。へっへっへっへっへっへっ。
あそこの馬車の乗客2人、わたしてもらいたい。
バルバロイの里の長老 フフフフフ、いいともと言いたいところだが、ちと遅い、遅かったなぁ、ワシらはもうあの馬車の側についておるよ。契約をすませ、金ももろた。今となっては幻の貨幣1万ダラス金貨を10枚。お前にそれだけ払えるか?
払えば依頼人を売るか?
120 バルバロイの長老 へひひひひひっ、これは愉快愉快、まさかそのような口のききかたをする男がまだいようとはな。ワシの記憶ではこの里でそんな言葉を吐いたのはおよそ320年前の・・・お前・・・まさかあの・・・あ・・・いや、そんなはずはない。
俺はハンターだ。娘をさらわれた親に依頼され、張本人を追ってきただけだ。お主らの立場もわかる。彼をここから出したら、黙って追わせてくれればそれでいい。
バルバロイの長老 へへへっ、筋の通った男じゃ。では、教えてやろう。そこにいる方の依頼は、2つじゃ。一つはお前と他のハンターたちから身を守る護衛の雇用。今ひとつは必ずこの村を訪れるであろうDという名の若者の抹殺・・・どうするなD?ここに居並ぶ男ども女ども一人残らず仰天の技を身に着けておる。いくら優れたハンターだとしても全員を倒すのは不可能じゃ。
レイラ(語り) 待ちきれなくなったように、村人の一人が若者に飛び掛った。亀を思わせる肢体の男だった。だが、銀光が一瞬閃くと、その男は縦割りになって大地に倒れた。
バルバロイの長老 おお!おお・・・。
俺を殺すのはいいが里人も何人か死ぬ。黙って夜までいさせてはもらえぬか?馬車が出れば俺もすぐに後を追う、それだけだ。お主らが契約を結んだのなら俺は何も聞かん。
バルバロイの長老 その実力・・・その器量・・・そうか・・・やはりそうか・・・貴方が相手では、里のもの全てが血の池に溺れようと逆らえませぬ。無礼のだん、老いぼれの痩せ首一つでご容赦願いたい。
カロリーヌ 何を言う!
レイラ(語り) 老人とDの中心に2人の村人が進み出た。美しいがひどく不気味な香りを持つ女と、小太りでこれといって特徴の無い中年の男だった。
カロリーヌ 長老、里の掟を忘れたか。誰であろうと我らの助けを求めに訪れ、然る後契約を交わした相手の要望は死しても守らねばならぬ。そう、私カロリーヌとこのマシラがすでにお二人の護衛の任についているではないか。
130 マシラ そういうことだ。なんなら里人の資格を剥奪されたとしても、ハハッこいつとはやってみたいものだな。
カロリーヌ どうだ!我らの他にも賛同者はあるはず。前に出よ!
バルバロイの長老 愚か者!うぬら、うぬらワシが村の創立時からこの姿であったと思っておるか。うぬらの先祖妖魔とまぐわい、故郷を追われたものたちがいかに辛苦の汗を流しこの岩山に里を築いたか知っておるか!よいか、一度全ては崩壊しかけたのだぞ。
カロリーヌ くっ、何を昔話など、そんなことは始めて聞くわ!
バルバロイの長老 ならば黙して聞けぃ!去りし日、そう、過去暦1万年の初日、この土地は地中より恐るべき毒素の噴出に見舞われたのじゃ。里人の半数は死亡し、残りも全身を腐りただらせて死を待つばかりとなった。そこへ、あるお方が現れなければ、里は死神の棲家と成り果てていた筈じゃ。ようく聞け、そのお方はな、ある偉大な目的を持って旅をなされておられた。ワシらの噂を聞いて、いの一番に駆けつけられ、こう申されたのじゃ。この里より5名、最も逞しい男を我が旅に同行させよと。さすれば汝らの里にに降りかかりし災いたちどころに望む形の幸運に変えてくれようと。
レイラ(語り) 里のものは、誰もが長老の話に聞き入り、ここで起こった2つのことに気付かなかった。一つは、話を聞くうちに爛々と赤く輝きだしたDの相貌であり。今ひとつは村の入り口からすっと忍び込んだ微笑みを浮かべた青年の姿であった。いや、その青年は人の形をとっていても、ひどく透き通った頼りない肉体を持っており、人の気配を感じさせなかったことも、原因の一つかもしれなかった。
バルバロイの長老 この広場一杯、いや、この里全体に腐りかけ死にかけたものが呻いておった。その彼らがこのお方の呼びかけを耳にしたとたん苦しみもがくことを忘れたのじゃ。そして、あちらの瓦礫の陰から一人、枯れきった樹木の陰から一人、まるで招きよせられるように集まった人数はまさしく5人。それも、誰もが認むる屈強な兵(つわもの)どもじゃった。そして、バルバロイの里は蘇った。あの方が去られた後、大地は天空に盛り上がってこの難攻不落な位置となり、地中の毒素は消えていた。若きうぬらの知らぬ掟にいう!そのお方ご自身、あるいは血族の方が現れた場合に限り、この里のものは全てほうしつの掟を曲げてその方の要求に従う。長い間お待ち申しておりました。貴方様の要望全て叶えるよう取り計らいまする。あの馬車を破壊するも、あのまま焼き尽くすも、我らはお言いつけに従いまする。
有難い人違いというべきだろうな。
バルバロイの長老 いま、なんと?
その2人の望みどおり、馬車は通すがいい、俺は後を追う。
140 バルバロイの長老 そんな、その器量、確かに。
マシラ ハハハハハハ、正直な男だ。
カロリーヌ 自分で吐いた以上、古の掟などというものも意味が無い、我ら2人がここで相手になろう!
よかろう
カロリーヌ 冥土の土産に教えてやるよ、馬車の行く先は、クレイボーンステイツさ。
!そうか・・・奴はあそこにいきたいのか。
Dの左手 Dよ、里におかしなものが紛れ込んでおるぞ
なに!?
バルバロイの長老 な、なんだ貴様は!?
レイラ(語り) そこに、あの誰にも気付かれずに村に入ってきた青年が立っていた。薔薇色の頬を輝かせ、天使のような微笑を浮かべ、だが、その手が一瞬閃けば、そこに怪光が生じた。稲妻よりも早く、強い光の束、大地を割る強烈なビームだ。青年はまるで光の乱舞を楽しむようにビームを次々と繰り出した
150 マシラ カロリーヌ!馬車が!
カロリーヌ しかたがない、馬車に走れ!Dとの決着は先でつけてくれる。
レイラ(語り) 青年は喜色を満面に浮かべ、ビームを操っていた。もしあたしの兄、寝たきりのグローべックの顔を見たことがあれものがいれば、青年の顔にその面影を見出したかもしれない。そう、Dも知らぬことだったが、そこに現れたのはあのグローべックの霊体だった。病弱で一歩も歩けない兄が、発作を起こしたときだけ、こんな生の喜びに満ち溢れた霊体が出現するのだ。
ハッ!
レイラ(語り) 若者は黒い影となって飛んでいた。それに向かって、グローベックのビームが幾重にも巻きつくように放たれた。しかし!ビームはことごとく若者の左手に向かって捻じ曲がれ、そこに吸収され消えていった。同時にグローべックの姿もかき消すようにそこから消えていた。
Dの左手 逃げたか、あやつ霊体じゃな、厄介な。
正体の検討はついている。
レイラ うう、うぅぅ、うぅぅ・・・(押し殺したような泣き声)
ボルゴフ グローブ、今日は随分と早いお戻りだったな。おい!早く点滴の用意だ。レイラもレイラだ、いつもどうり大人しく言うことを聞いておけばいいのによ。俺だってかわいい妹に手を上げるのは嫌んんだぜ。まぁ、おかげでグローブも興奮して発作を起こしやすかったろうが・・・。
レイラ やめて!ただでさえ自然発作が増えてるのに、こんなふうに無理に発作をおこさせて・・・。
160 ボルゴフ わかってる、わかってるさ、俺にはかわいい弟だ。だがなこいつだって兄弟の役に立ちたいと、そう願ってるに違いないんだ。なあグローブ教えてくれよ、あそこで、バルバロイの里で何があったのかをな。
Dの左手 クレイボーンステイツ。かつて宇宙に行く船の港があったとこか、奴らそんな場所で何をする気じゃろう。どうした?何か答えんかい。
クレイボーン・・・ステイツ。
マイエルリンク クレイボーンステイツにつけば全てが終わる。私たちの新しい旅立ちが待っているのだ。
シャーロット 私はどこでもいいのです。貴方と共にいられるならば、例え、一生穴蔵の下でも・・・
マイエルリンク どこにいようとハンターは来る。彼らもまた全てを破壊せずにおれない人類の同類だ。君は違うがね。
シャーロット マイエルリンク様
マイエルリンク 心残りは、君の父上の中に潜んでいた凶暴な血に気づかなかったことだった。私たちが普通の男女のように出会い、種族の間を越えて愛を育んだというのに、君の父上はそれを理解されず、君を打ちおった。私はそれが許せずに怒りにまかせて・・・初めて怒りで人の血を!
シャーロット もう!・・・どうか。
マイエルリンク それが君の父上の凶暴なる性質を引き出し・・・殺戮鬼に変えてしまった・・・君の帰る場所を、私は奪ってしまった。
170 シャーロット いいえ、そんなことは。決して、そんなことは。
マイエルリンク ・・・2人で・・・ゆこう。
シャーロット ・・・はい。
レイラ(語り) その時、馬車の外からマイエルリンクを呼ぶ声が聞こえた。馬車の外にはバルバロイの2人が傅いていた。
マイエルリンク なんだ?昼間の出来事は記録テープで見た。里では奴を葬れなかったようだな。
カロリーヌ 申し訳ありません。しかし奴らは必ず再び現れます。その時こそ、バルバロイのものの恐ろしさを骨身に染みて理解することになりましょう。
マイエルリンク 奴らではない。私が気にかかるのは、あのDというハンターだけだ。
マシラ それで・・・あのお・・・
マイエルリンク なんだ?
マシラ 中の奥方をご紹介願えませんか?いざという時、お顔を知らぬでは、なにかと不便を生じますれば。
180 マイエルリンク よかろう。顔をお出し。
マシラ ほおおお。
カロリーヌ お美しいこと。
マイエルリンク ありがとう。
マシラ(人面疽) ムフフフフフ。ワシ好みの美形、一つ、ものにしてやるか。
レイラ(語り) それは明らかに中にいる2人、ぎょしゃ台にいる2人とは異なる、そこにはいない5人目の声だった。
Dの左手 だいぶ間をあけられたな。まあ目的地は知れておる。すぐに追いつくじゃろ。
・・・ああ
Dの左手 どしたぁ?奴らがクレイボーンステイツに行くというのがそんなに気にかかるか?
余計なことだ。
190 ボルゴフ このぶんなら明日の昼までには追いつく。なあにバルバロイの奴らはDと共食いでもさせて、獲物はこっちが頂けばいいさ。レイラ?
レイラ ん?何兄さん。
ボルゴフ お前どうした?近頃上の空が多いんじゃねえか?
レイラ そんなこたないよ
ボルゴフ レイラ、まさか男でもいるんじゃねえだろうな?
レイラ !何いってんのよ!マーカス兄弟と知って近づいてくる男でもいると思ってるの?
ボルゴフ 忘れるんじゃねえぞレイラ。おめえは俺たち2人のものだってことをな。
レイラ ええ・・・兄さんたち。
マイエルリンク 我々は今夜先に出立する。お主らは後からついてくるがいい。
200 カロリーヌ はい、必ずやハンターの首を土産に追いつきまする。
マイエルリンク その言葉、誠と信じよう。目的地も近い。昼は森の中で眠っておる。吉報を待っているぞ。
カロリーヌ はっ!
マシラ ・・・滅びるしかない貴族風情が、バルバロイの里にこの術士ありと知られたマシラを顎で使うとはな。
カロリーヌ フッ、しかたなかろう、向こうは雇い主、我らは仕事を果たすだけじゃ。
マシラ グヘヘ、惚れたな、あの男に。
カロリーヌ な、なにを!
マシラ ヘヘヘヘ、隠すな、お主は偽者、奴は本物、惹かれるのも道理だろうて。実を言うと、ワシもあの娘にまいっとる。
カロリーヌ マシラ。
マシラ ワシらはもはや、里の掟に縛られる必要もあるまい。どうだな?このへんで、本懐を遂げるというのは。
210 カロリーヌ では、お主があの小娘を?
マシラ そうよ、ワシのものにされたと知れば、貴族も娘に愛想を尽かす。その時こそ、辺境一の美形とうたわれたお主の美貌と・・・技でな。グフフ
カロリーヌ それもそうね、お前のものになった証を見せればいやでも・・・いいわ、あのDとかいうハンター、私が始末する。その間にあんたは馬車に追いつき・・・
マシラ グヒヒヒヒヒ!
カロリーヌ アハハハハハ!
レイラ(語り) あたしたちより先行していた若者は、古戦場と呼ばれる一角に足を踏み入れていた。そこではかつて、巨大な人型の兵器が戦争を繰り広げ、地形すらも変じたという伝説がある。若者の行く手には1本の円柱が立っていた。ただの円柱ではないおよそ5メートルはあろうかという、赤錆びた腕である。
Dの左手 おるぞ、あのバルバロイの女じゃな。
レイラ(語り) バルバロイの妖女、カロリーヌはDを待ち構えるように、錆びた腕に腰掛けていた。
カロリーヌ フフフッ、来たねD、ここをお前の墓場にしてあげる。
機械の腕に噛み付いて、何をするつもりだ?
220 Dの左手 とっくに機能は止まっているはずじゃが・・・奴め、オイルをすすっておるぞ。
カロリーヌ いいこと、今からあたしが言うことを、よーくお聞き。
Dの左手 D!腕が動いておる!
ぬう!
カロリーヌ ハハハハ!この機械の腕が、お前を握り潰してくれる!
Dの左手 よもやあんなものが動くとは。
くっ!ただ砂をすくって投げつけるだけでも、あれだけの大きさとなると威力が違う。
カロリーヌ ほーら追いつくよ!ぎゅっと握り締めるよ!アハハ!アハハハハ!

な!ミサイルだと!
レイラ D!
レイラ(語り) あたしは胸騒ぎにかられて、兄よりも先行して獲物を追っていた。そして古戦場で巨大な腕に襲われる若者を見たとき、無意識にミサイルの発射ボタンを押してしまっていたのだ。だがDは近づくあたしとバトルカーには目もくれず、煙を吹いて自分に圧し掛かる巨腕を切り捨てると、カロリーヌと対峙した。
230 これで・・・互角ということだな。
カロリーヌ くっ、殺すのかい?殺してしまっていいのかい?あたしの後にはまだマシラがいる。あいつの技を知りたくはないのかい?
かまわぬ。・・・ウッ!
カロリーヌ しめた!
レイラ(語り) 一瞬あたしには何が起こったのかわからなかった。若者はまるで力尽きたように、突然砂に膝をついたのだ。チャンスと見たカロリーヌは脱兎ばかりに飛び退り姿を消していた。そして若者は、若者も又自分の愛馬にもたれるように乗るとそのまま遥か前方に見える森に向かって駆け込んでいたのだ。
あ、あああ・・・。
レイラ D!
レイラ(語り) あたしは思わず追っていた。貴族をではない。バルバロイの女でもない。ハンターDをひたすらに、追っていた。
Dの左手 やはり出たな陽光症じゃ。ダンピールが昼ひなたを歩けるとはいっても、やはり血は争えん。日光から受ける疲労が蓄積し、普通なら半年に一度、こうして堪らない脱力感がやってくる。お前は前から5年。よくもったほうじゃな。
黙って・・・土を掘れ。
240 Dの左手 そうじゃ、土を掘り、その中に埋もれる。さすれば大地が体の疲労を吸い取ってくれようというもの。戦いはまだ終わってはおらぬでな。

それでよい・・・では、しばしの休みじゃ。幸運をな。
マシラ シャーロット様、シャーロット様!
シャーロット はい
マシラ 少しは窓を開けて、外の空気を吸ってみませんかの?空は青く水は澄み花の香りがそこいらに満ちてございます。マイエルリンク様はお休みでしょうが、なにこのマシラがおれば何も危ないことはございません。
シャーロット 私はあの方と同じ闇の住人です。そうなると決めたのです。
マシラ せめて花だけでもごらんあれ、せっかく摘んできたものを。ほーれ!躊躇うことは何もありませぬ。花は咲き、鳥は歌う。この光景を肌で味わい、貴方様が今より元気になればマイエルリンク様とて、よくやってくれたとワシに感謝するのは必定。契約の料金にも、もちっと色がつくというもの。ここは一つ、しがない用心棒を助けると思って。
シャーロット ああ、綺麗。
マシラ おお!日の光の元では一層お美しい。・・・こちらをお向きなされ!
シャーロット え?
マシラ(人面疽) ここだよ!ここ!どこを見てる!
250 シャーロット キャアアアアッ!
レイラ(語り) それは、腹のシワにも見えた。だがそのシワがクチャクチャと動くと、たちまちそこに人間の顔が生まれていた。人面疽(じんめんそう)、マシラは腹に人面疽を飼っていたのだ。いや、その人面疽こそが、マシラの本体であったのか?人面疽はまるで自分の唇を突き出すように茶色の管を彼女に伸ばした。
マシラ(人面疽) グヘヘヘ、この体にもちと飽きたでな、やはり快感を貪るには若い娘の体に限るというもの。
シャーロット そ、その手を、離して!離さないと!
マシラ(人面疽) 声を出すか?出しても誰も来はせぬ、大人しくワシを受け入れよ。じきによくなる。
レイラ(語り) どこからか生じた白い光がマシラの茶色い管を断ち切っていた。
マシラ(人面疽) ギャアアッ!
レイラ(語り) そしていつからそこにいたのか、いつのまにか少女の傍らには、薔薇色の頬の青年が立っていた。少女が知るよしもなかったが、それは、再び発作を起こして彷徨い出ていたグローベック兄さんの霊体だった。
シャーロット 助けて下さい!
マシラ(人面疽) き、貴様、あの村に現れた・・・そうか、そうかやはりハンターの一味だったか!
260 レイラ(語り) 兄が放ったビームはマシラの体を、人面疽ごとズタズタに引き裂いていた。
マシラ(人面疽) グギャアアアアッ!
シャーロット あ、あの・・・ありがとうございました。よかったら夕方まで一緒に、いて頂けませんか?
レイラ(語り) 兄は首を振ったという。発作の終わる時間が近づいていたのだ。かといって、今の自分の体では、少女をバスまで連れ戻ることも出来ない。やがて、バスに眠る兄の本体が呼吸を取り戻すと共に、少女の前からグローベックの姿は静かに消滅していった。
レイラ D・・・見つけたわ。
レイラ(語り) 若者は、首まで土に埋めて横たわっていた。その唇はあくまでも青い。一目で陽光症の治療と知れたが、こぼれる涙を、止めることは出来なかった。
レイラ D・・・貴方はなんで、あたしを助けてくれたの?ねえ・・・あたしだって人を思う心くらい知ってる。何度かプロポーズされたことだってあるんだから。・・・だけどみんな・・・あたしの素性を知れば去っていった・・・ううん・・・一人だけそれでもいいって言ってくれた人がいたわ・・・だけど・・・プロポーズされた夜・・・。
レイラ(回想) やめてぇ!兄さんたち!やめてぇ!
ボルゴフ(回想) レイラ!お前は俺のもんだ!はぁはぁはぁっ、誰にもわたしゃあしねぇ!はぁはぁ、前からこうして犯りたかったんだ!
レイラ(回想) 兄さん!ああ・・・やめて・・・
270 ボルゴフ(回想) レイラ、お前は俺たちのモノなんだよ!
レイラ ・・・それから後は、何かが飛び去ったみたいに、前より冷静に人殺しが出来るようになった、だけど・・・だけど・・・その何かが戻ってきちゃったみたいなのよ・・・今度はあたしが守ってあげる。命をかけて守ってあげるわ。

ハッ!、来ないで!
カロリーヌ ハハッ、こんな所に寝ていたか。青い顔をしおって。女、そんな子供だましではバルバロイの女を倒せはせぬ。
レイラ(語り) あたしは素早くホルスターからニードルガンを発射した。針は確かに命中した。だが、バルバロイの女は何ごともなかったかのように針を自らの体から引き抜いていた。
カロリーヌ 針を打ち出す銃か。フッ、心臓を狙うべきだったな。
レイラ どういう意味?
カロリーヌ こういうことさ!
レイラ(語り) 突然周囲の植物がウネウネと動き出したかと思うと、みるみる間にあたしの体に巻きついていく。
カロリーヌ ハハハッ!さっきこの辺りの樹液を吸っておいたのさ。あたしにその命を吸われたものはたとえ機械でも、植物でも、我が僕となる。枝に貫かれて死ぬがいい!
レイラ ダンピールだったのね。
280 カロリーヌ それもバルバロイ流のね
レイラ ううっ!
カロリーヌ ハハハッ!
レイラ(語り) 一陣の閃光が走ったかと思った瞬間、あたしに絡み付いていた植物は千切れ地面へと落ちていった。
カロリーヌ 馬鹿な!こんなに早く回復できるなんて!
レイラ(語り) あの若者がいつの間にか土から立ち上がっていた。そして早業で抜いた長剣は、バルバロイの女の心臓に突き立っていたのだ。
カロリーヌ ウッ!D!やはり貴様は・・・普通じゃ・・・ウッ!
レイラ D・・・。
借りは返した。
レイラ D・・・。
290 Dの左手 素直じゃない奴じゃ。
シャーロット 誰?
レイラ 貴方が、さらわれた娘だね。
シャーロット 父が頼んだ、ハンターですね。
今なら奴は起きていない、来るんだ。
シャーロット 嫌です。
レイラ 何を言うの?貴族から逃げ出せんのよ?
シャーロット お願い!早くどこかへ行ってしまって。もうすぐ陽が暮れるわ、そしてあの人が目覚める。ここに来れば、また殺し合いになるわ!私もうあの人に、殺し合いをさせたくない。
レイラ あなた・・・首筋に貴族の口づけを受けていない・・・人間のままなのね?
シャーロット はい。
300 レイラ じゃあ・・・自分の意思で、貴族についてきたのね。・・・愛してるのね、その人を。
シャーロット はい。あの人と一緒にいたいのです。
逃げ回る暮らしだ・・・どこまでも。
シャーロット 辛くありません。
一つだけ聞きたい。君は知っているのか?クレイボーンステイツは今・・・。
レイラ(語り) 少女は黙って頷いた。若者はそれだけのことに、ひどく満足したようにあたしには見えた。
なら行くがいい、だが、それからどうする?
シャーロット わかりません。そこへ行けば、私たちの旅は終わります・・・どんな形をとるにせよ。
レイラ いいことなのに、とてもいいことなのに、どうしてよくないことになってしまうの?
行くがいい、クレイボーンステイツへ。
310 レイラ 待ってD!あたしも一緒に。
シャーロット ありがとう。
マイエルリンク 誰か来たのか?
シャーロット いいえ。
マイエルリンク 今夜のうちにクレイボーンステイツに到着するだろう。そして我々は星に行く。誰も追ってこない星の世界へな。
シャーロット はい。
ボルゴフ すまねえ、すまねえなあグローブ。だがな、レイラもどっかに行っちまった。あの吸血鬼野郎やダンピールと決着をつけるには、どうしたってお前の力が必要なんだ。だがなあ・・・さっき帰ってきたばかりじゃ簡単には発作も起きねえだろう。だからすまねえが、俺のほうで起こさせてもらうぜ。
レイラ(語り) 兄ボルゴフがそこで行ったのは、身の毛のよだつような行為だった。兄はグローベックの痩せさらばえた肋骨の上に時限爆弾をセットすると、テープで何重にも何重にも貼り付けたのだ。時刻が来れば爆弾は破裂し、そのショックでグローベック兄さんは再び発作を起こすだろう。だがそれは、最後の発作となるはずだった。
ボルゴフ すまねえなグローブ、じゃ、いくぜ。あそこに見えんのが、クレイボーンステイツだ。道を間違えんじゃねえぞ。ヘ・・・ヘヒヒヒヒヒ。
マイエルリンク こんな・・・こんな馬鹿な・・・噂では、噂ではクレイボーンステイツの宇宙港はまだ生きていていると、毎夜シャトルが発進していると・・・。
320 シャーロット あなた・・・。
レイラ(語り) そこにあるのは、ただの廃墟だった。確かにかつてはそこから毎夜星へ行く船が発着したこともあったのだろう、だが、今そこにあるのは、鉄屑と、赤錆と、虚しく流れる時の流れだけだった。
マイエルリンク こんな・・・こんなはずでは。
シャーロット いいの、また別の所にいきましょ、2人で、死ぬまで。
マイエルリンク 私は死ねん。
シャーロット なら、私もあなたと同じに!
マイエルリンク それはいかん!
シャーロット いいのです。
レイラ(語り) 貴族はためらいの後、自らの牙を少女の喉に突きたてようとした。
シャーロット いやっ!あっ!いや、違うの!私・・・とんでもないことを!
330 マイエルリンク いいんだよ、それでも。君が先に朽ちたら、私も後を追う。
シャーロット ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。
マイエルリンク そこにいるのかD・・・出てくるがいい。
旅は終わりだ、娘を返してもらおう。
レイラ D・・・行かせてあげて
マイエルリンク 持っていけ・・・貴様に命があったらな!
レイラ(語り) 裂ぱくの気合いと共に貴族が若者に飛び掛った。めまぐるしい攻防の中、2人のスピードはみるみる上がって行き、もはやあたしの目ではその姿を追うこともままならなかった。次にその姿を見ることが出来たのは、2人がつばぜり合いをしている時だった。
マイエルリンク なあD・・・やはり星への道は無かった。お主、知っていたのか?
マイエルリンク、これが、お前の定めだ。
レイラ(語り) 若者がつばぜり合いを弾いた瞬間、閃光が走った。次の瞬間、体から血が噴き出していた。
340 シャーロット !マイエルリンク様!
腹か、うまく避けたな。貴族ならば心臓以外の傷はすぐ再生する。
マイエルリンク 違うな、D・・・何故外した?
レイラ !どうするの?彼女の髪なんか切って。
髪さえあれば、治安官事務所で身元は確認できる。マイエルリンク男爵と人間の恋人は死んだ。二度と人前に姿は現すまい。これで1千万、簡単な仕事だ。
レイラ D・・・。
マイエルリンク グッ!う、ぐはっ!
シャーロット ああ!マイエルリンク様!
レイラ(語り) 振り向いたあたしとDは見た。貴族の背から胸に生えた3本の鋼鉄の矢を。彼の心臓から吹き上げる血飛沫が、彼女の髪を濡らすのを。そして貴族の遥か背後に、一人の男が立っていた。
ボルゴフ ハハハハハハハッ!見たかD!貴族を倒したのは俺だ!このボルゴフ・マーカスだあ!
350 貴様!
ボルゴフ レイラ!こっちに来い!死ね!D!!
レイラ(語り) 逃げれば逃げる程追い込まれる兄得意の矢。だがDは矢から逃げようとはしなかった。逆に矢に体を向けるようにして次々と両断してみせたのだ。
ボルゴフ てめえ!
それで手は終わりか!
Dの左手 気をつけろ!あの霊体が来る!
ボルゴフ おお、来たかグローブ!どいつもこいつも殺っちゃえ!ハヒャヒャヒャヒャッ!
シャーロット うっうっうっ、あなた・・・。
ボルゴフ グローブ!どうしたあ!?
レイラ 兄さん・・・。
360 レイラ(語り) 兄グローベックは、しばらく宙にじっとしたまま、一点を見つめていた。その視線の先には貴族の亡骸に取りすがり、泣き続ける少女がいた。兄は、その少女の涙をみつめ、やがて首を振った。次の瞬間、兄の姿は誰にも見えなくなっていた。
ボルゴフ 何故だ!何故だグロオブウウウ!
どうやら貴様の弟は、どこかで彼女に会っていたようだな。
ボルゴフ 何いいいい!
レイラ(語り) Dの長剣が煌めいた瞬間、ボルゴフの体は幾重にも切り裂かれていた。
ボルゴフ グアアアアアッ!
レイラ D・・・。
貴族の爪を、己に突き刺したのか!
レイラ(語り) 少女は倒れていた。愛する人の傍で。その胸からは、貴族から流れたのと同じ、赤い血が吹きこぼれていた。
レイラ ありがとうと言ったわ。
370 ここが旅の終わり・・・恐らく2人とも気づいていながら、旅していたんだろう。
レイラ D・・・。
レイラ(語り) Dはポケットから髪を取り出し、それを風にまいた。それだけが、少女の名残りだった。
レイラ あたし、北の町にいくわ、小さないつも雪に覆われてるような町だけど、そこの肉屋の主人に結婚を申し込まれたことがあるの。あたしの素性を知っていても、構わないって言ってくれた、たった一人の男。今じゃもう妻子持ちかもしれないけど、いつまでも待つって言ってくれた。それに期待してみるわ。
達者でな。
レイラ あなたもね。
レイラ(語り) 遠ざかるDは、ふと振り向いた。青い闇に消えようとするその唇には、淡い微笑みが確かに浮かんでいた。あたしは、それを浮かばせた別れの言葉を、いつまでも誇りに思うだろう、それは、そんな微笑みだった。